聴診器のはなし

今日は、私の相棒の話です。

聴診器、英語ではstethoscope(ステトスコープ)。「海と毒薬」で主人公の勝呂医師に同僚が「おれのステト知らないか?」と尋ねるシーンがありますが、これ聴診器のことです。昔から、お医者さんのシンボルですね。各部にも名前があり、患者さんに当てる方をチェストピース、医師が耳に当てる方をイヤーピースといいます。 構造はまあ見ての通り。チェストピースにゴムのチューブがつなげてあって、そのチューブが途中から二股になる。二股の部分にバネが入っていて、その先っぽに、イヤーピースがくっついた金属管がつく。医療機関だと結構あっちこっちに聴診器が置いてありますから、お出かけの折にでもよーく御覧ください。

聴診器は、体の中の音を聴くのに使います。内科医の場合、ほぼ胸の音と腹の音になります。胸にしろ腹にしろ、呼吸音はともかく心音や腸音は普段はまず聞こえない音ですから、いずれにしてもかなり小さい音を頑張って聴いています。イヤーピースの役割が大変重要で、これが耳栓のようにある程度外の音を遮ってくれるから、チェストピースが集めた小さい音に集中できるのです。

聴診器を当てている時は、外の音は聞こえにくくなっています。ただし、遮音自体は完全ではないので、ある程度は外の音も聞こえます。さすがに、聴診中に外の話し声が聞こえるようだと診療に差し障りますので念のため。新病院は、ぜひ診察室の遮音・防音に投資したいものです。

気になるお値段ですが、一般診察用としては諭吉先生一から三枚くらいが相場と思います(実売価格。定価はもうちょっと高い)。性能と値段は正の相関関係にあり、高いやつはやっぱり音が違います。個人的な見解ですが、\5K以下の製品では診察用としては厳しく、\30K以上の製品は確かに音はいいけれど華奢です。ちなみに、私がマルビの学生時代に最初に買った聴診器がunder\5K(漱石四枚くらいだった)、医者になって一番初めのお給料で「一生ものだから」と奮発した聴診器が参萬圓クラスでした。当然この聴診器は程なくぶっ壊れ、聴診器は一生ものどころか消耗品だと知ることになるのですが、後の祭りでした。

聴診器は基本的に消耗品、よくいって耐久消費財です。私は特に消耗が激しいようで、せいぜいもって二、三年です。壊れるところも決まっていて、ゴムのチューブが切れるか、二股のところのバネが折れるかします。皮肉なことに、高級品ほど壊れやすく(概ね一、二年以内)、しかも直せないように壊れる(バネ折れは修理不能、同じところばかり壊れるのでニコイチもできない)ので、コストパフォーマンスは非常に悪いです。だから、最近はもっぱら、高級品に比べて頑丈な上、壊れた時もすぐに次を取寄せられる壱萬圓クラスを愛用しています。「梅ちゃん先生」のように、両手でそっと掛け外しすれば、もう少し長持ちするのかも知れません。だけど、片手でやるほうがワイルドだろ?

聴診器は、使っているうちに体にフィットしてきます。それで、ある程度使い込まれた聴診器の掛け心地は一つ一つ違います。気にしない人は全く気にしないようですが、私はダメ。掛け心地が変わると、気になって聴診に集中できないので、自分の聴診器以外はまず使いません。というわけで、今日も頼むぜ相棒。


「くらしと医療」2012年8月号


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