話をもとに戻していきたい。
 禅と神秘は感覚的につながる。しかし医療や工芸は禅どころか、まして神秘などとつながってしまえば、現代に於いてはただのまやかしである。昔のものだからと言ってしまえば技術伝承の核心から離れ、うとましいただの迷信へと落ちる。
 大切なことは古来に発生した東方の文化に、なぜ禅の近似値的精神が宿ったかである。
 それは文明起源の明け方の時期に属す。
 社会に制度というものが芽生え、その制度のようなものの中では職というかたちである程度の民間区分が生じる。職という鋳造は職能へと鍛かれ、たがいが歯車と成った連結は文明国家へと連なる。そしてその一方では各個戸の生業を生む。生業は、日々繰り返す鍛錬された技のかたちで営まれていた。この鍛錬された日々の技は後天性反射にまで染み込んでいて、すでに意志とは分離した“手”そのものを知育している。
 これを“慣れ”と言うのかもしれない。
 しかし、宿った。
 宿った段階では知覚されていないのだが、文明起源から夏、殷、周へと時代が進んだとき、習慣の中に埋もれていた‘意志と分離した手による技の成功’を、もはや見逃さずにいる土着思想があった。その土着思想は反射までに染みた手による技を、神性と見たことが始まりと思う。
 これは工芸だけに限ったことではない。
 意志から離れた部分で起こる、習慣に埋もれた密かな成功。
 例えば誰もが人と接するとき、何か特別な情念を相手に抱いた場合、そのあいだをガラスか何かで隔てられながら、強く意識された実在性だけが残ったかのような感触を得る。このときははっきりと相手の存在、相互の距離を意識する。ところがとりたてて双方の私心が薄い場合、互いの気持ちは自然と交叉していてうち解けたことすら意識しない。「卓越した技芸の果ての禅の精神」というたいそうなものではないが、もしかしたらこの感情的経験の方が先で、意志と分離した技は、その例えや裏付けとして見つけられてきたのかもしれない。
 ー老荘思想の発端はこんな所にあったと思っているー
カウンター