[一過性脳虚血発作と漢方鍼治療]

                         小山 昇

 日常の臨床で、中年以降の患者に遭遇する症状のいくつかで、
「体がふらふらしたが、しばらくしたら治った。」、
「半身の力が、抜けたがしばらくしてなおった。」
また、「物の色がなくなり、白く見えていたが、半日ほどで治った。」等と言う症例に遭遇することがある。 このような場合に、治療を進めて行く上で、どのようにこれらの状態を捉えるかである。
 これを、漢方で弁証論治すると、「木の証」と考えられる。
この知識に、現代の理論を付加し、なお一層の治療成績を上げるべく、それでいて、誤治を少なくするために、どのように考えるかである。
 実際、このような症例では、患者の自覚症状が、すぐに消失するために、治療家として、軽視する傾向がなかろうか。
この裏に隠されている所見に、重要なそして、将来脳梗塞を起こすべく、“一過性能虚血発作”がある。
そのために、本日の考察とした。

 定義:一過性能虚血発作transient 〔cerebral〕 ischemic attack(TIA)とは、脳血管障害により、突然、片麻痺、失語症(左脳)などの脳局所症状が出現し、“24時間以内(通常10〜20分以内)”に回復する病態をいう。
 その病因として、現在広く受け入れられている考えに、頚動脈(特に内頚動脈)や、椎骨動脈などの、頭蓋外部分に、粥状硬化があり、そこに付着した血栓がはがれて、頭蓋内の末梢脳血管に流入し、そこを閉塞して症状が出現する。
これは、一時的に血流量の現象が起こるためである。やがて血栓は溶解して症状が消失する。これを微小塞栓説(micro embolus)という。
 一方、古くから、なんらかの原因で、脳底動脈などの痙攣が起こるための“脳血管不全説”があり、この考えで説明しうる症例もありうると考えるものもある。
 一過性脳虚血発作の症例で、CTあるいは剖検でその症状に一致する梗塞巣が、見い出されることがある。TIAの約10〜20%の例は、将来、脳梗塞に移行し、脳梗塞の前兆として重要である。脳梗塞の予防に抗血小板薬が用いられる。
なお、脳局所症状が、24時間以上持続し、3週間以内に消失するものを、リンドRIND(reversible ischemic neurological deficit)という。

 この一過性能虚血発作は、一時の現象であるが、生体にとっては、飲食労倦や、長期に渡る、絶対的な睡眠時間の不足で、中年から初老期に多く発症し、生体は、精気の低下、虚証傾向を、引き起こしている事が根底に存在している。
 日常の臨床では、上記の自覚症状を加味し、四診法の触診、脈診をする事で、判断が可能となる。
 このような生体現象に対し、積極的な漢方鍼治療を施す事で、発症の予防をする事が可能である。
 触診では、特に頚部、背部の皮膚所見が重要となる。
例えば、通常夏季での、皮膚所見から、生体が著す現象で、皮膚が薄くなるのと異なり、厚みが増している。
 そして、体表では、精気が感じられず、皮膚は一見、開いているかのようで、その、順の現象とは異なる、荒さとなっている。
 脈診では、旺脈である洪脈と異なり、沈細虚となっている事が多く、その面からも病体を知る事ができる。
 このような生体では、体の深部が表になっている事で、理論と臨床とが異なっているから注意をする。
冬期では、上記の夏期と逆の現象で、現れる事が多いから容易に理解できる。
 一過性能虚血発作に対する、刺鍼の特徴の一つに、夏季にも係わらず、刺入した鍼が、生体内部まで深く入り、留置を要求している事がわかる。
そのため、抜去を急がず、充分な補鍼を施す事で、深部の陽を、体表に引き上げ、夏季に応じた生体にする必用がある。