文京鍼研究会の基本形治療法則にみる六十九難,七十五難

1,間接治療である
病んでいる経を診付けてその経に治療を施す、と言うことではない。

そのことについて、
佐野昭典、時任基清両先生が書かれた「鍼灸師のための漢方概論(日本ライトハウス)
六十九難の項目(P216 六十九難の治療法則)では、
「母を補し子を瀉す法は、母経、子経、剋経の経穴を使用し本経の病を治療するので、
 間接治療法に属する。」と、記されています。

2,一経、もしくは主経とその親経を使う。
その病を治療するために施術する経と、その経に対しての五行的な母に当たる経を言います。

これも「鍼灸師のための漢方概論」の六十九難の項目(P217 六十九難による補瀉の種別-ア理論的分析)
(仮称A法)「病んでいるその一経には取穴せず、その母経・母穴・子経・子穴から取穴する」
(仮称B法)「病んでいる経を中心に、その一経とその母経から取穴する」
      があります。
そしてこの(仮称B法)が「井上恵理氏を始めとする昭和初期の古典治療の先駆者達が広めた治療法」
と書かれています。
もう一つ、七十五難の項目(P222 七十五難の治療法則)の中で、
「この方法は、病んでいる2経を取穴せず、他の2経の母子経を取穴するのでもなく、
 別の2経を取穴し、一挙両得の効を収める」と言うのもあります。

3,補の効果のみを行う。
補の効果から精を充実させ、その充実から邪気が瀉される事を狙っています。

4,場合によっては使わない経、穴がある。

4-1,井木穴を使わない。
これは七十三難の、
諸井者.肌肉淺薄.氣少不足使也.刺之奈何.
諸の井は肌肉が淺薄して気が少く使うに不足也。刺すはどうするのか。
然.諸井者木也.者火也.火者木之子.當刺井者.以瀉之.
然り、諸の井は木也。は火也。火は木の子にて井を刺すに当たる。以ってを瀉する。
故經言.補者不可以爲瀉.瀉者不可以爲補.此之謂也.
故に經に言う。補は以って瀉を爲すを不可とし、瀉は以って補を爲すを不可とするを此れの謂う也。

4-2,心経、心包経を主経として使わない。
「腎に実なし心に虚なし。」と言う言葉が元になっています。
この言葉の発祥は、心もしくは心包に補の治療をした場合については「自経の母穴、母経の自穴」の選穴法則から、心もしくは心包経の母穴である‘井木穴ー少衝もしくは中衝’と、その母経の肝経の自穴である‘井木穴ー太敦’は、七十三難の記載から、補が成立しなくなるためかと思われます。

4-3,本治は陰経を使う。
これは「陰主陽従」の法則から来ているものだと思われます。

4-4、施術に使用する経、穴ともに季節と相剋する場合は使わない。
春ー経金穴、 夏ー合水穴・腎経、 秋ー火、 冬ー兪土穴、脾経、 土用ー肝経

5,二十四節季に対して使用する五兪穴が変わる。
4-4のように立春、立夏、立秋、立冬で大きく使用穴が変わりますが、一つの季節内でも陰陽に対応した使用穴が変わります。
原典は七十四難の、
經言.春刺井.夏刺.季夏刺兪.秋刺經.冬刺合者.何謂也.
經に言う。春は井を刺し、夏はを刺し、季夏は兪を刺し、秋は經を刺し、冬は合を刺すとは何を謂うか。
然.春刺井者.邪在肝.夏刺者.邪在心.季夏刺兪者.邪在脾.秋刺經者.邪在肺.冬刺合者.邪在腎.
然り。
春に井を刺すは邪が肝に在り、
夏にを刺すは邪が心に在り、
季夏に兪を刺すは邪が脾に在り、
秋に經を刺すは邪が肺に在り、
冬に合を刺すは邪が腎に在り。
其肝心脾肺腎.而繋於春夏秋冬者.何也.
其の肝心脾肺腎。そのように春夏秋冬に於いて繋るは何也。
然.五藏一病.輒有五也.假令肝病.色青者肝也.臭者肝也.喜酸者肝也.喜呼者肝也.喜泣者肝也.
然り。五藏の一病に輒(すなわち)五有る也。
假令(たとえば)肝病。色の青は肝也。たる臭いは肝也。酸(味)を喜ぶは肝也。呼(声)を喜ぶは肝也。泣(涙)を喜ぶは肝也。
其病衆多.不可盡言也.四時有數.而竝繋於春夏秋冬者也.
鍼之要妙.在於秋毫者也.
其の病は衆多(多過ぎ)にて言い盡(尽)くすは不可也。四時に数(定則)が有りて、そのように春夏秋冬に於いては竝(並;ならび)び繋がる也。
鍼の要妙、秋毫(シュウゴウ:秋にけ変わりして生える長く細い毛ー外界に対しての微細なる対応という意味?)に於いて在る也。

6,標治法に督脈経を使う
標治の使用穴は〈木-亜門、金-大椎、土-脊中、水-陽関〉です。
この配当の根拠となる原典は素問の『金匱真言論篇第四 』第一章です。
黄帝問曰: 天有八風, 經有五風, 何謂.
黄帝が問いて曰く、天に八風が有り經に五風が有るとは何を謂うか。
岐伯對曰: 八風發邪, 以為經風, 觸五藏, 邪氣發病.
岐伯が対して曰く、八風が邪発し、以って經の風を為す。五藏に触れ邪氣として発病す。
所謂得四時之勝者,
春勝長夏, 長夏勝冬, 冬勝夏, 夏勝秋, 秋勝春, 所謂四時之勝也.
所にて四時の勝を得ると謂うとは、
春は長夏に勝つ。長夏は冬に勝つ。冬は夏に勝つ。夏は秋に勝つ。秋は春に勝つ。所にて四時の勝と謂う也。
東風生於春, 病在肝兪, 在頸項;
南風生於夏, 病在心兪, 在胸脅;
西風生於秋, 病在肺兪, 在肩背;
北風生於冬, 病在腎兪, 在腰股;
中央為土, 病在脾兪, 在脊.
東風は春に於いて生まれ、病は肝に在りて兪は頸項に在る。
南風は夏に於いて生まれ、病は心に在りて兪は胸脅に在る。
西風は秋に於いて生まれ、病は肺に在りて兪は肩背に在る。
北風は冬に於いて生まれ、病は腎に在りて兪は腰股に在る。
中央は土に於いて、病は脾に在りて兪は脊に在る。
故春氣者病在頭,
夏氣者病在藏,
秋氣者病在肩背,
冬氣者病在四支.
故に春気は病が頭に在り、
夏気は病が藏に在り、
秋気は病が背に在り、
冬気は病が四支に在る。
故春善病衄,
仲夏善病胸脅,
長夏善病洞泄寒中,
秋善病風瘧,
冬善病痺厥.
故に春は善く(鼻づまり)(鼻血)を病み、
仲夏は善く胸脅を病み、
長夏は善く寒中により洞泄を病み、
秋は善く風瘧(おこり;寒け・震えに続いて高熱を発する症状)を病み、
冬は善く痺厥を病む。
故冬不按, 春不鼻衄,
故に冬は按をせねば春は衄をなさず。
春不病頸項, 仲夏不病胸脅, 長夏不病洞泄寒中, 秋不病風瘧, 冬不病痺厥泄, 而汗出也.
春は頸項を病まず、仲夏は胸脅を病まず、長夏は寒中で洞泄を病まず、秋は風瘧を病まず、冬は痺厥にて泄を病まず、そうして汗を出す也。
夫精者身之本也.
故藏於精者春不病温. 夏暑汗不出者, 秋成風瘧. 此平人脈法也.
(その)精は身の本也。
故に蔵に於いて精は、春に温で病まず、夏の暑さで汗を出さぬは、秋に風瘧に成る。此れは平人の脈の法。