05-07/17 六十九難と七十五難の治療原則とその応用 沢田 稔

【難経六十九難の治療原則とその応用】

『難経』:六十九難には次のような治療原則が述べられている。(書き下し文:省略)
この要点をまとめると次のようになる。
1,虚しているときにはその母を補う。
2,実しているときはその子を瀉す。
3,補瀉を行う際はまず虚を補い後に実を瀉す。
4,正経自身の病で他の経に関係しないとき(正経の自病)はその経を治療する。
 上記の1、2の原則が適用される脈証の典型的なものは、次の表の通りである。

六十九難の原則が適用される脈証

脈位:肝、心、脾、肺、腎  の順に
肝虚:虚、平、実、実、虚
心虚:虚、虚、平、実、実
脾虚:実、虚、虚、平、実
肺虚:実、実、虚、虚、平
腎虚:平、実、実、虚、虚
肝実:実、実、虚、虚、平
心実:平、実、実、虚、虚
脾実:虚、平、実、実、虚
肺実:虚、虚、平、実、実
腎実:実、虚、虚、平、実

〔注1〕陽経(腑)については省略する。
〔注2〕普通心虚証はないとされている。
〔注3〕表裏関係にある脈は反対の傾向を示す。例えば、肝の脈が虚しているときは胆の脈は実の傾向となる。

以下に具体的な選穴法を述べる。

虚証、実証について、まず六十九難の原則に従った基本的なものを述べ、ついで五行関係、表裏関係に基づき、これを応用したものを述べる。
なお、ここではなるべくパターン化、簡略化して記載しているので実際の臨床に当たっては陰陽五行論や各要穴の意義を踏まえ、患者の状態にあわせて適切な選穴を行うことが必要である。

1)虚証に対する治療法

(1)五行の相生関係により母を補う。

これは先に述べた「虚しているときはその母を補う」という原則に従った治療法である。肝虚証を例に説明する。肝は五行では木に配当されており、その母は腎(水)となる。したがって腎経を補うことが必要である。また、どの経を用いるかでは、木の母である水の性質を持つ穴(この場合五行穴の合穴)となる。つまり肝経の合水穴である曲泉と腎経の合水穴である陰谷に補法を行えばよいのである。
 なお、肝経の自穴である井木穴、大敦に補法を行うのもよい。
(以下、「虚証に対して相生関係により補法を行う穴」の表がありますが、省略します。)

(2)五行の相剋関係を用いてしゃ法を行う。

五行の相剋関係を用いて虚している臓腑経絡を押さえつけているものを抑制することにより虚を解消する治療を行うことができる。しかし、この方法は五行理論から考えればということであり、臨床的にはあまり用いられていない。肝虚証を例に説明する。
 肝は五行の木に配当されている。木を剋するのは金である。したがって金に配当されている肺経、金の性質を持つ穴(この場合は五行穴の経穴)を用いることになる。つまり、肝経の経金穴である中封と肺経の経金穴である経渠に瀉法を行うのである。
(以下、「虚証に対して相剋関係によりしゃ法を行う穴」の表ありますが、省略します。)

(3)表裏関係にある経絡の調和を図る(表裏調和法)

表裏関係にある臓腑経絡は、原則的には片方が虚しているときは、他方は実している。肝虚証では、典型的な場合、次のような脈証となっている。

   陰・陽  の順に
  肝虚・胆実
  腎虚・膀胱実
  肺実・大腸虚
  脾実・胃

ここで述べた虚実には程度の差があることはいうまでもない。
これに対して次のように治療を進めていく。

1,肝経・腎経の合水穴(曲泉・陰谷)に補法を行う。「虚すればその母を補う」の原則を適用する。
2,大腸経・胃経の合水穴(曲池・三里)に補法を行う。これは大腸・胃の虚を解消することによって表裏関係にある肺・脾の実を抑える目的である。
3,胆経・膀胱経のげき穴(外丘・金門)、絡穴(光明、飛陽)にしゃ法を行う。これは、胆・膀胱の実を除き、表裏の調和を図る目的である。

2)実証に対する治療法

(1)五行の相生関係により子を瀉す。

これは先に述べた「実しているときはその子をしゃす」という原則に従った治療法である。肝実証を例に説明する。木に配当されている肝の子は心(火)である。したがって心経をしゃすことが必要である。また、用いる経穴は木の子である火の性質を持つ穴(この場合、五行の栄穴)となる。つまり肝経の栄火穴である行間と心経の栄火穴である少府にしゃ法を行えばよいのである。
 なお、虚証の場合と同じように肝経の自穴である井木穴、大敦にしゃ法を行うこともよい。
(以下、「実証に対して相生関係を用いてしゃ法を行う穴」の表がありますが、省略します。)

(2)五行の相剋関係を用いて補法を行う

五行の相剋関係を用いて実している臓腑経絡を抑えることもできる。肝実証を例に説明する。
 肝は五行の木に配当されており、この木を剋するのは金である。したがって金に配当されている肺経、金の性質を持つ穴(この場合は五行穴の経穴)を用いることになる。つまり肝経の経金穴である中封と肺経の経金穴である経渠に補法を行うのである。
(以下、「実証に対して相剋関係を用いて補法を行う穴」の表がありますが、省略します。)

(3)表裏関係にある経絡の調和を図る。

虚証の場合と同じように表裏関係にある臓腑経絡の調和を図ることにより、全体としての平衡状態を回復しようとする方法も考えられる。肝実証であれば胆経・小腸経を補うことになる。
(注)先に述べた虚証・実証の治療において理論的に心経の経穴を用いることが正しい場合でも、臨床的には普通心包経の経穴でこれを代行している。

3)正経の自病に対する治療法

一つの経脈だけに限って病変のある場合は、経脈自体の虚実はまだ定まっておらず、その経脈だけの治療を行えばよい。この場合、その経に属する要穴や一般の経穴に、それぞれの反応にあわせて補しゃを行う。

【難経七十五難の治療原則とその応用】

これは肺虚肝実(金虚木実)型のように、六十九難の治療原則が適用されない一種の変証型に対する治療原則を述べたものである。五行の関係から見ると、金剋木であり肺実肝虚が普通であるが、これが肺虚肝実と逆転しているところに変証といわれるゆえんがある。

『難経』:七十五難には、次のように述べられている。(書き下し文:省略)
 以上の内容を要約すると次のようになる。
五方と五臓の関係から東方すなわち肝木が実し、西方すなわち肺金が虚せば南方すなわち心火をしゃし、北方すなわち腎水を補う。
 まず、肺虚肝実という状態がどのようにして起こってきたかを考える。今、実を起こしている肝木を中心とする。肝木の子である心火が実証の病を起こすと火剋金により肺金が虚し、肺金の虚は木に対する抑制力が衰えることになり、心火の母である肝木の実を起こすのである。これが病の電ペンといった「子よく母をして実せしめ」の意味である。これに対し肝木の母である腎水を補うと水剋火により心火の実が抑えられ、肺金への抑制力が除かれ、肺金が実してくると金剋木により肝木を抑え、肝木の実が解消されるのである。これが治療原則をいった「母よく子をして虚せしむ」の意味である。
この原則が適用される典型的な脈証は次の通りである。

七十五難の治療原則が適用される脈証

治療穴をどのように選ぶかについては諸説がある。その一例を以下の表に記す。

七十五難の原則に基づく治療穴