05-9/18 気の損傷(外感)による腰痛 加藤秀郎

腰に痛みを感じ整形外科を受診してレントゲンを撮っても、骨には異常がないとの診断を受ける。この場合は骨以外の組織に何かの異常があるために、痛みを感ずる。その骨以外の組織というのは基本的に、筋肉であることが多い。
つまり
筋性腰痛である。

〜この事を現代医学から組織構造的に解説すると〜

骨格筋の構造筋性腰痛(筋性防御反射による痛み)の仕組み

筋肉とは、筋原繊維が集まって筋繊維となり、その集まりが筋束となり、さらにその筋束が集まったものである。
筋原繊維にはその一つ一つに神経が繋がって収縮-弛緩を興させ、筋肉運動となる。
特に腰の筋肉の場合、肘や膝のように一方向にのみ曲がる単純な関節運動ではなく、あらゆる角度の運動に対応しつつさらに立位を支え、体重をも支持する。
この腰の筋肉に与えられた特殊な作業条件下でさらに疲労や寒さなどの劣悪環境があった時に、筋原繊維に繋がる神経のいくつかにエラー信号が生じ、筋繊維が誤作動するであろうと考える。
これがいわゆる‘ギックリ腰’の多くの原因である。
例えば一本の筋原繊維に‘収縮’の信号が伝達され、その筋原繊維のみ収縮する。しかしその隣接した筋原繊維は収縮しないため、接合部の横紋に軋轢が生ずる。
この軋轢による損傷対応のため、周辺の筋原繊維は過収縮を起こし筋繊維は硬着し、筋束も硬結する。
これが
筋性防御反射である。
実はギックリ腰の多くがバキッとなったその瞬間よりも、少し時間が経ってからジワジワと痛みの増す事が多い。
このジワジワと痛みの増していく様が
筋束が硬結していく筋性防御反射の様子である。

〜この筋性防御反射で硬結した筋束の痛みというのは〜

傷害部(横紋の軋轢)の痛みよりはるかに大きく、まず急激に硬結した筋束そのものの痛みと、筋繊維が硬着し傷害箇所を締め付けた痛みで、横紋に生じた軋轢の痛みの10倍ほどではないかと思えることが多い。
逆にこの筋性防御反射が緩まれば、かなりの痛みが軽減すると考えられる。よくギックリ腰で両脇を抱えられて治療院に来た人が、1回の治療ですたすたと一人で歩いて帰って行ったというような話がある。この場合はこの筋性防御反射が、急激に緩んだ結果といえる。
この筋性防御反射を緩ませるという処置が早いほど、軋轢を生じた横紋周辺の血流が早くに回復し、早くに損傷部分への修復材料である血液の供給が始められる。つまりそれだけ自然治癒能力が促進されるのである。
この事は、捻挫や頚の寝違え、五十肩や突き指などにも言える。
ただしこの場合に間違えやすいのが、筋性防御反射が起きるを100、緩むを0と思ってしまうことである。当然のことではあるが筋性防御反射と言う生理機能は、その時その瞬間、必要だから興るのである。ただ緊急処置なため、機能が必要以上に働いてしまうのである。筋肉のある箇所に傷害部があって、そこを保護するために傷害部周辺が固くなるのは必要なことである。さらに痛みも損傷した内容以上に感じられ、とにかく関節可動を抑える事が筋性防御反射の理由である。
だからこの筋性腰痛の治療の目的は
筋性防御反射を程良く緩ませることにある。

〜そんな事が可能なのか?〜

上記したように、現代医学では組織構造的なことは非常に細かく分解するが、筋性腰痛という状態は「筋性防御反射である」だけで、おそらく対応は麻酔か筋弛緩剤である。だから「間違えやすいのが、筋性防御反射が起きるを100、緩むを0と思ってしまうこと」と記した。
しかし漢方は組織構造というと、ほとんど大まかにしか把握しないのであるが、腰痛という状態を起こしている人体の様子は、つぶさに観察し細かく分析する。その結果‘証’という対応処置方法を導き出す。
これが
弁証論治である。

この状態を東洋医学ではどう考えるのか?〜筋肉が固くなっているという事を取り上げる〜

筋肉は収縮する事によって働き、弛緩する事でその働きを終了する。ちなみに筋が収縮した状態は4種あって、
求心性収縮;筋は収縮し、よって起始-停止の長さが縮む(関節運動がある)
遠心性収縮;筋自体は収縮しようとしていても、外力により起始-停止の長さは伸びる
等尺性収縮;筋自体は収縮しているが、起始-停止の長さは変わらない(関節運動がない)
等張性収縮;起始-停止の長さには関わらず筋は同じ力で収縮状態を維持する
がある。また筋の収縮-弛緩は関節運動のほかに、体温の発生やリンパ管や静脈に対する筋ポンプとなる。
ここで取り上げている筋性防御反射は「等尺性収縮」に属すと考えられ、収縮があっても起始-停止の長さが変わらない(尺が同じ)ため張力が発生し固くなるのである。そして‘ぎっくり腰’を起こした時に幹部が熱を持つ事が多いのは、固くなっている〜つまり等尺のままの収縮状態にある〜ため体温が発生しているからで、
この状態を
東洋医学で“熱”という。
熱とは現代医学的にいえば機能抗進を意味するが、治療という対応はこの機能の亢進状態の内容を把握して、適切に処置する事にある。
症例;右の腰痛 42才-男性 職業;銀行員 施術日;05-09/11
4月に職場換えがあり内勤になったため、それを機会にかねてより不安にあった肥満への対策でジョギングを始める。しかし夏場に入り昇格試験のため、ジョギングをしていた時間を勉強に変えた。試験後も暑さと疲れを理由にジョギングを怠けていたためか、来院3日前の金曜日の昼過ぎに突如、腰に痛みを覚える。静止時も動作時も痛い。
◆視覚所見
小柄でやや肥満傾向にある体型だが、はっきりと腰を右に捻るように歩く。
◆触覚所見
右側の脊柱起立筋の外縁が第3腰椎から後腸骨陵にかけてつれて固く、左に比べて温感がある。
第5腰椎から右股関節大転子にかけての大殿筋上縁が固いがこちらは左右とも冷たく、特に右大転子の後側は冷たい。
◆脈の所見
脈は突き上げてくるときに、指腹の一点に集まって堅く鋭くなる感じがするが、引き下がる途中で拡散して行き、引ききる前に消えてしまう様な感じ。また突き上がりが早い。右手の脈の方が特徴が解り易い。
◆尺膚の所見
手を乗せたときにフニャとしたような皮膚であるが、その表面は堅い。手を滑らせると皮膚が手に絡むような感じ。肌肉は固さと軟らかさの分離があって、握ってみるとやや堅い感じがする。
状態は?
突き上がりの早い脈を‘急脈’としている。これは体に急性的に‘熱’の部分がある事を示す。原因の一つに2,3日から一週間くらいの寝不足が考えられる。また付き上がるときに特徴のある脈を‘弦脈’、下がり始めに特徴のある脈を‘毛脈’としているが、この場合は脈の頂点で堅くなるという‘緊脈’の特徴があって判断しづらい。夏の気候(夏気)を経験しないまま緊脈化した弦脈か、多少の夏気を受けたものの、毛脈に成り損ねた緊脈と思う。
尺膚は皮膚の表面が堅い‘急’であるが、これは寒気に対して急激に毛穴を閉じた事の現れである。6,7日と台風の影響で湿度が上がり、後日は下がるという毛穴にとっての忙しい日が続いたため、そのコントロールである肺気の消耗があったと思う。つまり五主でいう皮毛の損傷である。肌肉にムラに固身があるのは、湿度の変化に対する蒸散ー放熱のための養分消費量のムラである。
このことから外界交流の失敗-気の損傷-外感と判断し、損傷理由は肉体(形)が外気の変化(気)の受け入れ(金-肺)を失敗したためで、その状態は静止時(湿邪)も動作時(寒邪)も痛い(風邪)での風湿寒の邪気に外因されている。
処置は?
目標は、硬くなった皮膚を緩めて柔らかくする事にある。それによって外界変化にフレキシブルに応じられる。そのことで患部の筋緊張も緩み、痛みが緩和する。
損傷理由は気形質の形と気、それに受け入れである金-肺である。この場合は気形質の質と外界に向き合う木-肝で処置をする。
どうするのかと言うと、肉体に対してその性質を為すのは精と魂である。つまり木-肝か、もしくは水-腎の経絡を使う。
使用経穴は秋なので経金から。脈状を診ながら肝経、腎経の左右の経金穴を触れていくと、左中封穴に良好(この場合は脈の頂点の堅い感じが緩む)な変化を診た。
証は肝。使用穴は
左中封と補助的に肝経の親経でもある腎経の左復溜
標治として督脈の亜門穴、陽関穴