07-08/19 「筋・神経と経筋に関する考察」 白子 良明

1.手関節の橈屈・尺屈における筋・支配神経
起  始 停  止 支配神経
橈屈 長橈側手根伸筋 上椀骨外側上顆 第2中手骨底 橈骨神経
短橈側手根伸筋 上腕骨外側上顆 第3中手骨底 橈骨神経
長母指外転筋
橈骨及び尺骨体背面・前腕骨間膜
第1中手骨底 橈骨神経
長母指伸筋 尺骨体後面・前腕骨間膜 母指末節骨底 橈骨神経
短母指伸筋 橈骨体下部背面・前腕骨間膜 母指基節骨底 橈骨神経
橈側手根屈筋 内側上顆 第2・3中手骨底 正中神経
尺屈 尺側手根伸筋 上腕骨外側上顆 第5中手骨底 橈骨神経
尺側手根屈筋 内側上顆・尺骨上半分後縁 豆状骨・第5中手骨底 尺骨神経
上記の通り、橈屈・尺屈の際は伸筋群に属する筋と屈筋群に属する筋、手関節背屈・掌屈時の主動作筋と拮抗筋が協調作用します。
これを経絡に置き換えてみると・・・。

2.手関節の橈屈・尺屈における経絡の関係
 ・橈屈
   陽明大腸経 伸筋群(長・短橈側手根伸筋)を走行
   太陰肺経 屈筋群(長母指屈筋)を走行
  大腸経と肺経は表裏の関係

 ・尺屈
   太陽小腸経 伸筋群(尺側手根伸筋)を走行
   少陰心経 屈筋群(尺側手根屈筋)を走行
  小腸経と心経は表裏の関係

 経絡で見ると陽経(伸筋)と陰経(屈筋)が同時に伸縮していると考える事が出来ます。橈屈・尺屈は表裏の境を伸縮する動作だからです。
 経絡は2千年ほど前に確立されたものですが、人体の動作から見ると現代の解剖学と通じている部分も多く興味深いと思います。

3.経筋とは
 各経脈の走行部位の筋肉を経筋という。経筋が病んだものを経筋病といい、筋肉の病変が主なものです。

「霊枢」 第13:経筋篇(一部抜粋)
足太陽経の筋は第五指外側爪根部に始まり、外顆の後下方に結び、斜めに上行して膝窩に付く。
下方の別行は足の外側をめぐって踵に結び、更に真直ぐ上行して膝窩に付く。
また、別行のものは腓腹の外縁に結ばれ、上行して膝窩の内縁に至り、先の膝窩に付いたものと一緒になって上行し、臀部に結ばれ脊柱の両側を上り項に達する。
ここから別行するものは咽頭結節に結び付き、直行するものは後頭結節に結ばれ、頭頂に上り、顔面に下行して鼻の両傍に結ばれる。
更に別行するものは上眼瞼に至り下行して頬骨に集結する。
また、腋窩後縁から肩峰突起直外方に結ぶ。
また、腋窩下方から鎖骨上窩に至り、乳様突起後縁下際に結び付く。あるいは鎖骨上窩から斜めに頬骨に至るものもある。
足太陽経の筋が邪気を受けて発する病変は足の第五趾が突っ張り、踵が脹れて痛み、膝窩がひきつけ、脊柱が反り返り、項の筋がひきつれ、肩が上らず、腋が突っ張り、欠盆の中が締め付けられるように痛む。このために肩を左右に動かすことが出来ないほどである。
これを治療するには燔鍼を用いて速刺速抜する。効果が現れたら、それを限度として止める。鍼を刺すには痛みのある箇所を取穴する。
この病は仲春痺と言い、旧暦二月に発症する事が多い。・・・・・

一般に経筋の病は、寒によって起こったものは反り返って筋が痙攣する。熱によって起こったものは筋が弛緩して収縮しなくなる。また、性器の筋が萎えることもある。また更に背部の筋が引きつれると反り返って痙攣する。腹部の筋が引きつれると、前かがみになってしまい腰を伸ばすことが出来なくなる。
これらの治療に燔鍼を用いるのは、寒によって経筋が引きつれているものを治すのが目的である。従ってもし熱によって経筋が弛緩して収縮出来ないものには燔鍼を用いてはならない。

4.まとめ
現在、鍼灸の教育機関では現代医学をベースに、主に筋、神経を対象とした治療方法を習いますが、古典医学的に見ると経筋病の治療を習っていると言えるとも思います。
筋の基点となる起始・停止部や筋腱移行部に五行穴や五要穴といった重要な経穴が存在していることを見ても、現代医学と古典医学には共通点が多いことに気付きます。
経筋や経筋治療は当り前過ぎるためか、勉強会などで取り上げられることが少ないと思います。初学者には古典や経絡治療というと難解で取っ付きにくい印象がありますが、このような治療方法を通して古典医学の考え方に馴染んで行くのも良いのではないでしょうか。
また、燔鍼で痛い所を治療穴として用いると述べられていますが、臨床経験や技量に応じて五行穴、五要穴を応用しても治療の幅が広がるのではないでしょうか。