平成19年7月15日 文京はり研究会講演レジュメ

「鍼灸マッサージ業の現状と課題」 時任 基清

1、沿革
1.伝来と日本独自の発展:6世紀、大陸より鍼灸按摩が伝来した。大宝律令には、按摩博士(按摩を教える人)・按摩師(治療する人)・按摩生(学んでいる人)、鍼博士・鍼師・鍼生、灸博士・灸師・灸生の制度が定められたと言われる。
2.我が国内での独自発展:中国大陸から伝来した後、我が国独自の発展を遂げ、江戸時代には杉山和一検校が管鍼法を発明し、幕府の許しを得て全国40数ケ所に鍼治講習所を設け、視覚障害者だけでなく、健常者の鍼灸按摩技術者が増加した。
3.明治以後の鍼灸按摩:明治政府は西洋医学一辺倒であったが、盲人の職業が他に見当たらないので、盲学校職業教育科目として、邦楽に併せて、鍼按科が認められ、現代医学と融合した内容が教えられた。元々「心身一如」「天人合一」「陰陽論」「五行論」等の東洋的哲学、医学思想に根拠を置いていた鍼灸按摩を西洋医学的基礎医学・臨床医学の上に組み立てることは著しく困難であった。官立東京盲学校の教員、奥村三作先生の努力により、現在の鍼灸学校等で教育されているカリキュラムの基本が完成したと言われている。
  この盲学校教育のお陰で我が国の鍼灸按摩は事実上、視覚障害者の手により伝承された。
4.経絡治療の勃興(鍼灸ルネッサンス):昭和10年代、柳谷素霊、井上恵理、竹山晋一郎、岡部素道ら一部鍼灸師の「古典に帰れ」の運動が勃興し、彼らの間で相当研究  したものを、現代医学的鍼灸術と区別する為「経絡治療」と称した。

2、学会等の現状
1.医学的研究:明治以後、医学界は「鍼灸は学問に非ず」の態度ながら、基礎医学的研究が散見される。
2.いわゆる鍼ブーム:昭和40年代、中国に於ける鍼麻酔下手術が米国内で報道され、我が国にも伝えられたことから、いわゆる「鍼ブーム」が起こり、代替医療に対する期待もあって、医科大学、大学医学部に「東医研」が置かれるようになった他、晴眼者の為の鍼灸専門学校が急増し、鍼灸按摩は盲人独自職業でなくなる傾向が一層、顕著になった。
3.経絡治療的研究会・学会:現在、素問・霊枢、難経を軸に研究する本、文京はり研究会の他、古典鍼灸推進会に結集する4団体、つまり文京はり研究会、紘鍼会、鍼研究会内田塾、古典鍼治療研究会がある。その他、日本伝統鍼灸学会、東洋はり医学会、伝統経絡鍼法研究会、大成会、鍼旺会などがある。
4.主として現代医学に基礎を置く研究会・学会:日本鍼灸学会、日本東洋系物理療法学会(鍼灸マッサージ)、日本東洋医学会(日本医学会の一分野、主として医師会員)、日本温泉・気候・物理医学会(前と同じ)、等々がある。

3、業界団体の現状
1.あはき等法推進協議会加盟団体:日本を代表する業界全国団体は概ね次の7団体とされる。
 1.社団法人全日本鍼灸マッサージ師会(晴盲混在)
 2.社団法人日本鍼灸師会(主として晴眼者の団体)
 3.社団法人日本あん摩マッサージ指圧師会
 4.社会福祉法人日本盲人会連合(実際にはそのあはき協議会)
 5.社団法人全国病院理学療法協会(医療機関に勤務するマッサージ師の団体)
 6.社団法人東洋療法学校協会(経営者団体)
 7.日本理療科教員連盟(盲学校理療科教員の専門団体)
であり、この7団体は、様々な運動を共に展開している。

4、法律のこれ迄と現状
1.明治時代から敗線迄:明治時代には、鍼灸按摩・柔道整復は医師、産婆等と同様、内務省警察が取締を行なっていた。鍼術、灸術、按摩術、マッサージ術、柔道整復術それぞれの「営業取締規則」によって規制された。
2.敗線後のいわゆる鍼灸存廃問題:昭和21年、GHQ(総司令部)は鍼灸等廃止命令を出し、大混乱を生じた。全国的な業者、特に盲業者の猛烈な運動により、廃止命令は撤回され、昭和22年、法律第217号としてあん摩師(マツサージを含む)はり師きゆう師、柔道整復師営業法(現在の「あん摩マツサージ指圧師はり師きゆう師等に関する法律(昭和22年、法律第217号)」が成立した。
3.現行法の課題:あはき法は法の形態が不完全であり、法の目的、技術の定義、名称独占、業務独占等についても不明確なので、前述の7団体による推進協は法改正運動を展開中である。

5、教育の現状
1.盲学校、:全国には国立1校、私立2校の他、全都道府県に盲学校が設けられ、各県1校以上に理療科、保健理療科が置かれている。しかし、一般児童・生徒の減少と同様、児童・生徒数激減により、県ごとの盲学校存立は危うまれている。
  又、今年四月から、文部科学省は「特別支援教育」として、盲・聾・肢体不自由・知的障害・病虚弱の区別を外し、一括りにしており、その面からの盲教育と、盲学校教員専門性が雲散霧消するのではないかと心配される。
2.視覚障害者の為の養成施設:国立身体障害者リハビリテーションセンター理療教育部、函館、塩原、神戸、福岡の各国立視力障害センター、ヘレンケラー学院、京都ライトハウス、広島聖光学院等、私立の盲人あはき養成施設は今回の障害者自立支援法施行により、利用料として経費の一割を負担することになり、大問題を生じている。
3.健常者の為の養成施設:平成10年、福岡地裁に於ける厚生大臣敗訴の結果、あはき法第19条に規定の無い鍼灸専門学校新設・定員増が事実上、自由化された為、それ迄27校であった健常者の為の養成施設は90校程となった。
4.鍼灸按摩の大学教育:明治鍼灸大学には大学院が置かれている。関西鍼灸短大は4年制大学となり、大阪市の森の宮医療大学には鍼灸科が置かれ、花田学園も4年制大学を準備中である。
 一方、視覚障害者の為の筑波技術短期大学は一昨年、4年制に移行され、
こゝでは按摩マッサージ指圧を学問として研究することが認められている。
5.あはき法第19条の問題:法第19条には厚生労働大臣、文部科学大臣は「視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難となる恐れがある場合は、あん摩マッサージ指圧師の養成施設を認可しないことができる」とあり、この条項ができた昭和39年以後、1校も新設・定員増が認められていない。しかし、今回、名古屋ホード学園、東京モード学園はあん摩マッサージ指圧科新設を目論んでおり、仮に「不認定」とされた場合は、法第19条を「憲法違反の法律」として最高裁に訴える構とされている。

6、無資格者と無免許者の問題
1.無資格類似行為の現状:現在、巷には「カイロプラクティック」「整体術」「タイ式マッサージ」「リフレクソロジー」「足裏マッサージ」等々無数の法第12条違反、異名・同業の類似業者が氾濫している。
2.法第12条に関する昭和35年最高裁判決理由の誤解の一人歩き:これら違法類似業者がはびこる原因は単に取締当局の怠慢だけでなく、その遠因は昭和35年最高裁判所判決理由「施術が人体に有害の恐れの有無を確認せよ」を曲解し、一々の施術について「有害の恐れを立証しないと取締できない」との誤解により、敢えて取締を行なわない為である。
3.無資格者取締の最高裁判決理由に関する正しい事実:実際には、本事件は最高裁から仙台高裁に於ける差し戻し審で、東京大学内科物理療法学教室大島教授の鑑定「この施術には作用がある。作用があるから効果がある。効果のある施術を無資格で行なえば、有害の『恐れ』がある」によって有罪となり、最高裁でも上告棄却により有罪が確定しているので、無資格者取締は可能なのだが、役所は易きに着くとのことか?いっかな取締しない状況である。
4.無免許業者取締は前進中:免許を持たずに、按摩、マッサージ、指圧、鍼、灸を行なえば法第1条違反であり、現在でも証拠があれば直ちに取締対象となる。
5.日盲連、日マ会の8月9日一斉ビラ撒き運動:日盲連、日マ会では前述七団体運動とは別に、今年8月9日(鍼灸の日)全国一斉駅頭ビラ撒きを計画中である。

7、保険施術
1.医師の同意書:柔道整復師は「医師の同意の事実」があれば、施術者の判断で施術することができるが、鍼灸、マッサージについては、医師の「同意書」添付が求められる。
2.鍼灸の場合:以前は
 1.医療先行原則(鍼灸施術の前に一定期間、約3週間程度、医師の診療を受け、十分な効果が見られない場合にのみ認められる)
 2.期間・回数制限(初療から1ケ月間は月当たり15回、その後は月当たり10回、最長6ケ月間)
  とされていたが、いずれも現在は撤廃された。
 3.医療との併給禁止(例えば、神経痛で鍼灸を受療期間中に風邪引きで解熱剤を受けると「解熱鎮痛剤が出た」として鍼灸療養費支給は停止される。
2.マッサージ
 1.対象:麻痺・拘縮の患者で、本来は保険医療機関で医療を受けべきところ、通院困難の為、マッサージ師の往療施術を認めるのが立前。
 2.料金:施術料金は全身を左右上下肢と体幹の5局所に分け、1局所250円と安いが、往療料は2キロメートル迄1870円、これを越える6キロメートル迄は2キロメートルごとに800円加算となっている。

8、就職・就業先
1.盲学校等卒業生:就職先としては、企業内理療師(ヘルスキーパー)特別養護老人ホーム機能訓練指導員などが主流であり、以前多かった医療機関内マッサージ師、開業施術所勤務、自立開業は激減している。
2.晴眼者学校卒業生:開業が立前だが、開業資金の問題、需要・供給の問題等から、いわゆるペーパードライバー状態も多いと聞く。

9、無資格者一掃運動の流れ
1.7団体によるあはき推進協
 1.平成7年10月25日、日比谷野外音楽堂に数千人が集合し「カイロ・整体等無資格者撲滅大決起集会」を行ない、国会迄デモ行進したにも関わらず、全てのマスコミから無視され、全く成果は挙がらなかった。
2.その後、あん摩マッサージ指圧、はり、きゆうの定義を定めるなど、法改正を求める運動を展開したが、現在、何の成果も挙がっていない。
3.平成17年、全国都道府県議会に対する「法遵守」請願運動は殆ど全国で採択された。
4.平成18年度、同趣旨の国会請願署名運動により36万人の署名を集め、衆・参両院に請願書を提出したが、結果的には「審査未了」に終った。

10、今後の動向
あはき業界の今後は必ずしも明るいとは言えない。しかし、お互いが連携してたゆまぬ努力を続けるならば、必ず道を発見し、展望が開かれるものと確信している。
 本日、こゝに参集された皆様のご協力、それぞれのお立場でのご努力に期待して止まないものである。
以  上