08-8/17 「陰陽応象大論にみる生体観・その2」 鈴木一馬
〜左右という空間における生体構成要素の偏在について〜 


<はじめに>
体調の異常を訴えてくる患者さんの中には、症状に左右差がある方が多くいると思います。
例えば右肩が痛い・左の腰が痛い等々・・・
一体、左と右の違いとは何なのだろうか?どのような意味があるのだろうか?
疑問に感じましたので、今回は陰陽応象大論の中から「左右」ということに着目して考えてみました。

原文

書き下し


 天不足西北、故西北方陰也。
 而人右耳目不如左明也。
 地不満東南、故東南方陽也。
 而人左手足不如右強也。
 帝曰、何以然。
 岐伯曰、東方陽也。陽者其精并於上。
 并於上、則上明而下虚。
 故使耳目聡明、而手足不便也。
 西方陰也。陰者其精并於下。
 并於下、則下盛而上虚。
 故其耳目不聡明、而手足便也。
 故倶感於邪、其在上則右甚、在下則左甚
 此天地陰陽所不能全也。
 故邪居之。


 天は西北に足らず、故に西北方は陰なり。
 而して人の右耳目は左の明なるに如かざるなり。
 地は東南に満たず、故に東南方は陽なり。
 而して人の左手足は右の強きに如かざるなり。
 帝曰く、何を以て然るや。
 岐伯曰く、東方は陽なり。陽なる者は其の精上に并す。
 上に并すれば、則ち上明にして下虚す。
 故に耳目をして聡明ならしめ、手足をして便ならざらしむるなり。
 西方は陰なり。陰なる者は其の精下に并す。
 下に并すれば、則ち下盛にして上虚す。
 故に其の耳目は聡明ならず、而して手足は便なり。
 故に倶に邪に感ずるも、其の上に在れば則ち右甚だしく、
 下に在れば則ち左甚だし。
 此れ天地陰陽の全きこと能わざる所なり。
 故に邪これに居るなり。


<1.空間における自然観と生体観>

1.のテーマに該当する原文は

天不足西北、故西北方陰也。而人右耳目不如左明也。
地不満東南、故東南方陽也。而人左手足不如右強也。

になります。


前提条件として、人は南面していることが挙げられます。よって人の左側は東南、右側は西北に向いていると考えます。
そして、「天と耳目」・「地と手足」を対比させて、自然界の空間の性質と生体の性質は共通することを表しています。

ここでは天と関わりある耳目を「神気」、地と関わりある手足を「精気」として考えていきます。

耳目:感覚器であり、性質的、機能的、精神的な要素がある。
    神を宿す五蔵と関わりがあり、天の陽気が五臓の中に格納された
    結果その働きは清陽なる神気として五官である耳目へと及ぶ。
     天からの陽気=神気を五蔵が受け、機能が発揮された時、耳目の働きは明らかになる。
       
手足:運動器であり、肉体的な要素がある。
    六腑と関わりがあり、地の陰気が六腑に収められた結果、
    その働きは濁陰なる精気として手足へ及ぶ。形体が維持され肉体が機能を発揮する。
   地からの陰気=精気を六府が受け、完納された時、手足の働きは強くなる。

原文

解釈

天不足西北、故西北方陰也


西北という場所は天が狭く、地が高い。地の陰気が多い。天の陽気が少ない。
天の性質(陽性・機能、性質・動的・具体的な現象を起こす)を具現化しにくい環境。
(天不足西北)
場所の性質は陰(地の陰気が多い・静的・受動的・形体・物事を感受する)
さらに、西北は人の右側と一致すると考えられる。(人が南面している)

而人右耳目不如左明也


天の陽気=神気によって機能が発揮される耳目について、
地の陰気が多い西北側に一致する右耳目は性質が陰で感受する働きが強く、
天の陽気の多い東南側に一致する左耳目は性質は陽で現象を発揮する働きが強い。
結果として、陰性の右耳目より陽性の左耳目の方が神気の能力、現象を発揮する作用が明らかであるといっています。
※天気(陽=無形)→右耳目(陰・感受)→左耳目(陽・機能発揮)

地不満東南、故東南方陽也


東南という場所は天が広く、地が低い。地の陰気が少ない。天の陽気が多い。
地の性質(陰性・静的・受動的・形体・物事を感受する)を具現化しにくい環境。
(地不満東南)
場所の性質は陽(天の陽気が多い・機能、性質・動的具体的な現象を起こす)
(故東南方陽也)
さらに、東南は人の左側と一致すると考えられる。(人が南面している)

而人左手足不如右強也


地の陰気=精気によって機能が発揮される手足について、
天の陽気が多い東南側に一致する左手足は性質が陽で物を消費する働きが強く、
地の陰気の多い西北側に一致する右手足は性質は陰で物を収める働きが強い。
結果として、陽性の左手足より陰性の右手足のほうが精気を収め肉体を維持する能力が強いといっています。
※地気(陰=有形)→左手足(陽・摂取、消費)→右手足(陰・化精=形体維持)


※ここでは、自然界の空間の性質と生体の性質は共通することを述べています。
 前提条件として、自然界の空間は天の陽気が多いを方角を東南、地の陰気が多い方角を西北としています。
 人は南面しているのを条件として、左側が東南、右側が西北を向いていると考えます。
 そして「耳目」と「手足」を自然界の空間の性質と対比させて、左右それぞれの性質の違いを述べています。



<2.生体構成要素の機能>

2.のテーマに該当する原文は

帝曰、何以然。岐伯曰、東方陽也。陽者其精并於上。并於上、則上明而下虚。
故使耳目聡明、而手足不便也。
西方陰也。陰者其精并於下。并於下、則下盛而上虚。
故其耳目不聡明、而手足便也。


になります。

原文

解釈

東方陽也。陽者其精并於上

上向きの性質、陽という性質を持つエネルギー(精)は上方向に集まる。

并於上、則上明而下虚

上方向(耳目)に集まる精は「神気」に転化する。下方向には集まらない。

故使耳目聡明、而手足不便也

「神気」が働けば耳目は聡明。手足は不便。

西方陰也。陰者其精并於下

下向きの性質、陰という性質を持つエネルギー(精)は下方向に集まる。

并於下、則下盛而上虚

下方向(手足)に集まる精は「精気」に転化する。上方向には集まらない。

故其耳目不聡明、而手足便也

精気が働くと手足は良く動く。耳目は明らかでない。。

※ここでは、活動するために必要な「精」というエネルギーがどこに行くかにより働きが変わることを述べています。
 陽の性質(上)を持つ清陽なる精は耳目に集まり「神気」となり、陰の性質(下)を持つ濁陰なる精は手足に集まり「精気」となります。



<3.生体構成要素の反応・偏在>

3.のテーマに該当する原文は

故倶感於邪、其在上則右甚、在下則左甚。
此天地陰陽所不能全也。
故邪居之。

になります。

原文

解釈

故倶感於邪

生体がトラブルを起こしている状態。

其在上則右甚

「上」=神気(精神面・機能)に問題がある時は生体の右側に異常がでる。

在下則左甚

「下」=精気(肉体面)に問題がある時は生体の左側に異常がでる。

此天地陰陽所不能全也

天地の陰陽も偏在があり完全ではない。自然と人間の陰陽のふるまいは同じである。

故邪居之

要素の偏在部位に症状が発生する。
異常部位が左右どちらにあるかによってどの構成要素が影響を受けたか分かる。

※ここでは、生体がトラブルを受けた部分が左側・右側に分かれてくることを述べています。
 「上=陽の性質を持つエネルギー=神気」にトラブルがあれば右側に、
 「下=陰の性質を持つエネルギー=精気」にトラブルがあれば左側に
 症状が現れることを述べています。
そして「此天地陰陽所不能全也=
天地の陰陽も偏在があり完全ではない。自然と人間の陰陽のふるまいは同じである。」といっているので、その理由をテーマ1「空間における自然観と生体観」を参考にして考えてみます。
 

 神気(性質面・機能面・精神面)は神経を使う細かい作業や精神疲労を受けた時にトラブルがおこります。
 よって、神気にトラブルがある時は、神気の能力を発揮する力が弱い右側に症状が発生します。
 これは、「天不足西北、故西北方陰也。而人右耳目不如左明也」を根拠にしています。
 
 精気(肉体面)は労働などにより肉体的な消耗がある時にトラブルが起こります。
 よって、精気に問題がある時は、消費する力が強く、精気を収め形体を維持する能力が弱い左側に症状が発生します。
 これは、「地不満東南、故東南方陽也。而人左手足不如右強也」を根拠にしています。
 
 (詳細はテーマ1・空間における自然観と生体観を参照してください。)
 
 結果として、
 
 生体の右側に症状があれば「神気=精神面・機能面」に問題があり、
 生体の左側に症状があれば「精気=肉体面」に問題があると
 
 考えることが出来ます。
  
<まとめ>
まず、自然の空間の性質(西北・東南)と生体(左右耳目・手足)の性質は類似するという前提条件があります。
構成要素の性質は、陽の性質(上)を持つ精は耳目に集まり神気となり、陰の性質(下)を持つ精は手足に集まり精気となります。
これらの条件から

陽の性質を持った東南と一致する人の左側は陽性の神気の能力を発揮しやすく(明)、陰性の精気を収め形体維持する能力は弱い。
陰の性質を持った西北と一致する人の右側は陰性の精気を収め形体維持する能力があり(強)。陽性の神気の能力を発揮しずらい。

ということが考えられます。

以上の事から、

陽性(上)の神気にトラブル=陰性の右側に症状が発生
陰性(下)の精気にトラブル=陽性の左側に症状が発生

ということが考えられます。

<おわりに>
左右にはどのような意味があるのかを把握していれば、症状分析の際にひとつの手がかりになるのではないかと思いました。


※引用・参考文献
・現代語訳 黄帝内経素問 上巻 (南京中医学院編 石田秀実監訳 東洋学術出版社)