「生理・病理・治療法則を貫く基本原理からの考察 第二回」

私達の班では、69難、75難を読み解いて行く為に、まず、生理・病理・治療、という三つのカテゴリーに分けて考察をして行きます。私達は、難経の一難一難を深く読み解いて行くという以前に、まずは全体を見てみよう、難経全体を俯瞰的に見てみよう、という事を一つの目的としています。
今回はその二回目、病理という事ですが、難経における病理の部分を、48難から60難としました。

では、漠然と「病理」とは言っていますが、病理というものはどんな構成要素で成り立っているのかと言えば、「病因」「病位」「病症」という三つのファクターであると考えました。まず、病因とは、「病の原因とは何か」という事。病位とは、「病は体のどこにあるか」。病症とは、病はどのような症状を表すのか、何が起きているのか、という事になります。では、48難から60難が、その三つのファクターのどの部分に当たるのか分類をしてみます。ただし48難に関しては、全体の総論に当たりますので、これは除外します。

ではまず、病因に当たるものが49難・50難。病位にあたるのが51難。病症に当たるものが52難・55難からそれ以降60難まで。それと、予後や治療の難易である53難・54難は、病位・病症の二つに掛かるとしました。

前回の発表の際、難経の基本原理である1難から9難までと、生理である31難から41難までとの関係性・各難との対応性、という事をやりました。今回は、病理と生理の関係性・各難との対応性というものを見ます。元々、生理と病理というものは裏返しの関係なのですが、病因、対する生理機能としては、「人を養う気、天・地・人の気」であると考えて30難、34難を配当しました。

病位に対応する生理としては、「臓腑・経絡・組織・器官。何がどこにあるのか、その形、大きさ、重さ」という解剖学的要素も含むものとし、31難32難、33難、35難36難38、39、41難としました。

病症にあたるものは、37、38、40難としました。

これら三つのファクターのキーワードを、気形質、から取り、病因を「気」、病位を「形」、病症を「質」と表します。
では、各難を見て行きます。まずは総論である48難。

48
ここでは、脈・病・診と虚実、というものが出て来ます。
まず、虚実とは、・「空間的な縛りがあるかないか」あるものを実、ないものを虚とします。また、「特定の場所に閉じ込められているかどうか」閉じ込められているのを実、いないのを虚、とします。そして、「つまっているか、もれているか」つまっているものを実、もれているものを虚、とします。

続いて、脈とは、「生体の反応」と考えます。これは、肉体的、というか物質的な要素が強いと言えます。ここでの虚実は、濡・牢で表され、直接的には硬い・柔らかいという意味になりますが、寒熱という要素も含まれると思われます。一言で言えば、「性質について」と言えます。次に、「病」とは、「気の振る舞いに異常が起きる状態」でここでの虚実は出入・緩急・言不言で表され、出入は「汗や涙といった生体を構成する要素」。言不言は「神気・精神的な要素」。緩急は「邪気に対して営衛がどう反応したか」であり、キーワードをつけると、精気神がそれに当たり、出入を精、言不言を神、緩急を気、としました。
最後に「診」とは、肉体の形体的変化、形体的な異常について、と言えます。
ここでの虚実は濡牢・痛痒、で表され、濡牢は文字通りに硬い柔らかいなので、他覚症状。痛痒は、かゆい・痛いなので自覚症状と分類できます。また、それに加えて、外実内虚・内実外虚とありますが、これは「気血の偏在」の事で、内外という形で偏っている状態です。ここでも虚実が三つになりましたのでキーワードをつけますと、気形質が相当するかと思います。外実内虚・内実外虚が気、濡牢が形、痛痒が質です。

この難をまとめると、脈は自然界の法則から逸脱。病は精気神の異常。診は気形質の異常、となります。これは、生体で起きる順番として考えると、脈が原因、反応として脈、結果として診、となるかと思います。以上が病理の総論になります。


49

正経自病と五邪の二つが取り上げられており、これは病により生体が侵襲されるルートというものが病因よって異なり、それは二系統あると言っています。大雑把に言ってしまうと、正経自病は内傷、五邪は外感、となります。

正経自病の方は、分類するとやはり三つに分かれます。肺・腎はフィジカル面、肝・心はメンタル面、脾は飲食労倦。三つなのでキーワードを付けると、天地人が良いでしょう。メンタル面の肝心は天、フィジカル面の肺腎は地、飲食労倦が人、となります。

メンタル面である肝心は、気の方向性の変化、フィジカル面の肺腎は形の影響で、気の動静に変化が生じる。飲食労倦の、飲食の方は、消化器系のダメージで、これは後天の精の消耗、労倦は慢性的な疲労の蓄積による先天の精の消耗、と位置づけ出来ます。

 五邪の方は中風・傷暑・飲食労倦・傷寒・中湿で、中(あたる)が二つ、傷るが二つ、それに飲食労倦があります。先に五邪を「外感」と言いましたように、中る・傷るに加えて「感」というものもあります。感、とは、邪気に反応して生体が防衛反応を示している状態の事で、異常事態に対応できている形です。それに対して「傷る」というのは、邪気によって防衛システムが破られた状態で、システムが正常に機能しない状態です。「中、中る」というのは、順序を飛ばして直に中へと入ってしまう状態です。

 本文に戻りまして、中・傷、というのは邪気の受け方の種類ですが、五邪の分類、としては、中風と傷寒、傷暑と中湿、がペアになります。理由は、心病を例に取っている所で、中風・傷寒は色や声に変化が出るとされて、これは目に見えないものの変化、つまりは気・気質の変化と言え、傷暑・中湿は目に見えるものの変化、つまり血・形質の変化です。それに飲食労倦がはいります。

50難
これも三つに分けられます。木火土金水の流れのうち、土を例に取った場合に、火と金とう、土の前後関係にあるも、いわゆる相生関係にあるものと、土から見て木水という、相克関係にある、勝つ所・勝たざる所、という関係のもの。それと自ら病む。
相生関係は、気の傷れ、で69難型、相克関係は、血の傷れ、で75難型と言えます。

この50難と一つ前の49難が病因となります。

51
文字通り読めば、蔵病と腑病をどう見分けるのか、と言っていて、その判断材料が温寒と人に会いたいかどうかだとし、また、蔵にあるものを陰の病、府にあるものを陽の病としています。よって、これを病位、としています。

52 
根本とは、触って根っこがあるかないかだです。その違いは、血の集積によって出来たものか気の集積によって出来たものかです。血の集積は蔵の病、気の集積は府の病になり、後の難に出てくるシャクジュにつながります。この難を病症としました。

53 
ここでは経過と予後が書いてあります。七伝は、木火土金水という相克関係の順にやられて行くのですが、いうなればドミノ倒しような感じで、自分が倒れると次のも倒れ、また次のものも、という形で壊れて行き、最後は総倒れになります。これは天の理法として避けられないものと考えます。
間蔵は、貰った病を右から左へと渡して行くリレー方式で、時間が経つと担当が代わる為に持ちこたえられます。こちらを地の法として、治療が可能と考えます。

54
これは治療の難易です。53難でいう七伝タイプは治療しずらく、間蔵タイプは治療しやすい、としています。
この53難・54難を合わせて読むと、蔵病というものは蔵が病んでいて、府病は府が病んでいる、と単純に言っているのではなく、こういうタイプのものを蔵病ないし府病、という言葉をもって表現する、というものだとわかります。

55
癪は陰の病、いわゆる蔵病、ジュは陽の病、いわゆる府病、にあたると思われます。この55難は、この前の54難までと、次の56難以降との橋渡し的な難で、56難以降のプロローグとも言えます。そして、ここから具体的な病気の話がつながって行くのですが、56難から60難までの五つを、少し分類してみたいと思います。

56と57をペアとして、56に蔵、57に府というキーワードを付け、58から60をセットとして、キーワードを気形質とし、58難を気、59難を質、60難を形、としてました。ではまず56難から見て行きます。

56
ここは癪、という病の話で、これは、どこか臓器が弱っている状態に特定の季節が重なると生まれる、とあります。そして、その蔵によって、生まれる癪には、肥気・伏梁・ヒ気(やまいだれに否)・息フン・ホン豚という種類があって、それぞれ体に現れる場所、症状が違うのだと言っています。例えば肝の場合は、癪は肥気、場所は左脇下、症状はガイソウ・気逆・カイギャク、季節はつちのえ・つちのと。ここで十干・十二支が出て来ますので、この病は天の理法と言えます。この難を蔵としました。

57
下痢です。これは府のトラブルで、つまりは消化器系の問題です。これも、胃泄・脾泄・大腸泄・小腸泄・大カ泄(後重)の五種類があります。これは名前の由来の通り、トラブルの起きた場所によって違うものだと言っています。この難を府としました。

58
ここは傷寒と脈象の変化を言っています。大雑把に言うと、傷寒というのは外界の変化と言え、生体を傷る気の事を総称したものです。種類は、中風・傷寒・湿温・熱病・温病の五つがあります。脈象というのは、そういった外界の変化に対する生体の反応です。
この難では、気が傷れる、その傷れ方を言っています。この難を気としました。

59
狂病・癲病、共にこれは神が壊れたという状態で、精神疾患です。
狂病は陽の反応で、外に出たがったりしますが、癲病は陰の反応で、発作を起こして倒れます。この難を質としました。

60
頭痛と心痛についてです。これは、一つ前の59難が、神が壊れた状態、と言うものであったのに対して、60難はその器である精が壊れた状態です。ではなぜ頭痛と心痛が精の病かと言えば、物事を考える脳を水、心の心臓を火、として、肉体という意味の精神と捉えたからです。
また、59難の狂癲病は他覚症状、60難の頭痛・心痛は自覚症状と言えます。
この60難を形とします。


今、55難から60難を、具体的な病気の話、として見て来たのですが、55難はプロローグとして置くとした時に、癪の56難と泄の57難をペアとして蔵府というキーワードを付け、傷寒・狂癲・頭痛心痛の58から60をセットとして、キーワードを気形質と分類したのですが、こうして見ると59難60難をペアとして、59を神、60を精として、精神というキーワードと取るならば、先の傷寒を天、泄を地、癪を人とした天地人のキーワードともとれます。むろん、これはどちらが正しいと言うものでは無いので、58難の傷寒をどう分類するかによって、二つの解釈が生まれると言えます。


これで一通り、難経における病理を見て来た訳ですが、冒頭に上げたように、48難を総論、49・50難を病因、51難を病症、52難を病位とし、53・54難を天理・地法、55難以降を具体的な病気の話、と分類を致しました。これに基づいて、次回の発表は、これらを如何にして治療して行くのか、という治法の話となります。その治法の中心となる69難・75難を最後に読ませて頂きたいと思います。