2009.1.18

痛みについて(2):慢性痛     井上雅雄       

        

前回痛みについて簡単にお話しましたが、膨大な範囲の中でまとまりがつかなくなってしまい、今回は慢性の痛みに絞りたいと思います。

【はじめに】

痛みのうち、急性痛については生体の警告反応として重要である。先天性無痛無汗症(CIPA)は遺伝的要因により、主に神経障害等を含む先天的な疾患で、熱さ寒さ、痛みなどの感覚が全くないか弱く、遺伝性感覚性自律神経ニューロパシー(HSAN)の一つにあげられる。先天的な疾患であるため危険の学習をすることが難しく、汗が出ないため、体温調節も難しい。知らずに自分の舌を噛み切ってしまったり、大やけどをしても気付かないこともあると言う。

急性痛が外界の侵襲や体の異常を知らせてくれるのに対して、慢性痛は現在では急性痛が慢性化したものではなく、痛みそのものに意義がないと考えられている。

慢性痛はICD-10(国際疾病分類)1992)では、F4精神及び行動の障害-F45身体表現性障害-F45.4持続性身体表現性疼痛障害(persistent somatoform pain disorder)という病名に分類されている。

主な愁訴は,頑固で激しく苦しい痛みそのものであり,それは生理的過程や身体的障害によっては完全には説明できない。痛みは、主要な原因として影響を及ぼしていると十分に結論できる情緒的葛藤や心理的社会的問題に関連して生じる」と規定している。

34回日本ペインクリニック学会シンポジウム「日本でのMultidisciplinary pain clinic」(2000年7月14日東京)では、慢性疼痛は、炎症などの肉体的な痛みの原因を除去しただけでは改善しない身体の痛み、心の痛み、社会的な痛み、霊的な痛みの4要素を頭に入れて治療しなければならない」としている。

日本慢性疼痛学会では、『異常な状態が治癒したにも関わらず、また明らかな異常な状態が存在しないにも関わらず訴えられる痛みが存在し、その苦悩を慢性的に訴え続けるヒトがいることは明白な事実で、このような痛みを慢性疼痛と呼び、「疾患が通常治癒するのに必要な期間を超えているのにも関わらず訴え続けられる痛み」と定義』している。

【慢性痛の性質】

従来は急性痛が長引いたものが慢性痛とされていたが、両者は単に時間経過が異なるだけではないことがわかってきた。痛みの発症経過が、持続的ないしは間歇的に、長期に亘るものとされる。

慢性痛は、組織の障害があった場合、それが消失した後でも、正常では痛みを引き起こさないような軽い刺激や交感神経系の興奮、または精神心理的な要因で痛みが出現ないしは増強するようになる。また、組織の障害された部位と異なる場所や障害部位よりずっと広範囲に痛みが出現し、痛みの程度や感じ方が全く異なる場合もある。

治療では通常急性痛で効果のあるNSAIDS(非ステロイド性消炎鎮痛薬)が効かないことが多く、モルヒネ等麻薬性鎮痛薬さえ効かないこともある。

慢性痛の発生機序は、まだ明らかにされていないが、「可塑性」が大きく関わっていると考えられている。可塑性とは、外力等によって生じた変形が原因となる外力等が除かれても、元の形に戻らない性質のことで、生じた痛みが引き金となって、痛み系が変化し、痛みが持続・悪化し元に戻らなくなることである。

例えば、四肢切断術後の幻肢痛の発生率が、術前の72時間以内に十分な除痛処置を施すと減少するとの報告がある。現に中枢神経系内に残された切断前の痛みの記憶痕跡が影響を及ぼしていることがほぼ確実となった。

このように慢性痛の悪化を防ぐためには、鎮痛剤のみならず、より痛みに対する効果的な早期の治療が必要と言われている。

【痛みの可塑的変化】

NMDAレセプター

痛み系は発生学的に未分化・原始的で、何にでも変わりやすい性質を持っていると考えられている。

侵害性入力:痛みが持続すると、その原因となる障害からの入力をブロックしても脊髄の痛覚系活動の亢進状態が残る。脊髄後角における侵害性情報伝達に関与する伝達物質には、興奮性アミノ酸(グルタミン酸、アスパラギン酸)と神経ペプチド(サブスタンスPSP、カルシトニン遺伝子関連物質:CRGP)があり、主としてAδ侵害性線維は興奮性アミノ酸、C侵害性線維は興奮性アミノ酸と神経ペプチドを放出する。興奮性アミノ酸はAMPA(α-アミノ-3ヒドロキシ-5-メチル-4-イソキサゾルプロピオン酸)レセプターとNMDA(N-メチルーD-アスパルテート)レセプターと結合する。通常の痛み入力ではAMPAレセプターのみが活性化され、Naイオン、Kイオンの透過性が高まり、Naイオンが細胞内に流入し、早い興奮性シナプス後電位(EPSP)が発生する。遅いシナプス電流にはSPレセプター(NK1)NMDAレセプター、代謝調節型グルタミン酸レセプター(mGluR)を介する電流が含まれる。C線維が興奮する強度でかつ低頻度で末梢神経を刺激すると、後角細胞でニューロンの反応が増大する現象(ワインドアップ現象)がおきる。この反応は海馬での学習に関係するLPT(長期増強)に類似している。この現象はNMDANK1レセプターの拮抗薬で抑制され、遅いシナプス電流が関与している。

膜電位が浅い時や持続的な痛覚入力によってNMDAレセプターは活性化される。神経末端で放出されたSPNK!Rと結合して、細胞内のリン酸化酵素を活性化して、NMDAレセプターを活性化する。NMDAレセプターが活性化されると開口したNMDAレセプターチャネルからCaイオンが細胞内に流入し、Caイオン依存性酵素が活性化される。これにより、一酸化窒素(NO)やプロスタグランディン(PG)などが産生され、これらの物質が細胞外へ容易に拡散され、近隣の神経細胞の興奮性を上げ、過興奮状態が空間的に広がる。さらには侵害受容に関与する伝達物質、修飾物質やそれらのレセプターに働き、中枢における長期的かつ可塑的な痛覚過敏状態を作ると考えられている遺伝子c-fosc-junを発現させる。

このような一連の変化が痛みの量的・質的変化に関わるシナプス伝達効率などの可塑性変化を引き起こすのではないかと考えられている。

【終わりに】

長引く痛みをそのままにしておくことは、神経の可塑的変化≒痛み記憶を引き起こし、治療を一層困難なものにしてしまう。患者さんにとって痛みは「主観的:数字や指標にしにくいもの」とされてきた。しかし、痛みを数値化する計測器も開発されつつあり、想像以上の痛みに耐えている患者さんが多くいることも明らかになってきた。漢方の鍼では心身の状態を全体的に改善し、また痛みも含めた心身の異常を質量共に推し量れる可能性もある。痛みについての古典/臨床を含めて一層ぶべきと感じました。

【参考図書・資料】理学療法MOOK3 疼痛の理学療法  黒川幸雄他編   三輪書店

痛みの分子メカニズムと臨床 Molecular Medicine 2004,6

加茂整形外科ホームページ http://www.tvk.ne.jp/~junkamo/

横田敏勝ホームページ http://www.shiga-med.ac.jp/~hqphysi1/yokota/yokota.html

痛みと鎮痛の基礎知識 http://www.shiga-med.ac.jp/~koyama/analgesia/index.html

日本ペインクリニック学会 http://www.jspc.gr.jp/10_pein_01.html

日本慢性疼痛学会 http://www.mansei-t.jp/