10-3/21 今年度の古典研究の発表の総括〜B班〜
難経四十九難の出来うる限りの解説をしました。四十九難は、大きくは「正経自病」と「五邪」の二つの話をしています。
「正経自病」
正経自病の‘経’とは、いわゆる十二正経のどれかを示すのではなく、生体が営む生理の一連のネットワークを言っている。
‘生理の一連のネットワーク’とは、情報収集と対応作動の生理動作であり、目的はホメオスタシスの安定である。
正経自病とはこのネットワークのガタつきで、正経が自ら病むのではなく「正に経が自ら病んだ状態」と読める。
何故なら古典には「正経」という単一物を示す物はないからである。

正に経が自ら
病んだ状態
憂愁思慮
形寒飮冷
恚怒(いど;激しい怒り)で気逆
上るが下がらなければ
飮食労倦
湿地に久しく座り
強く力をつかい水に入れば
それが向かう先
心を傷
肺を傷
肝を傷
脾を傷
腎を傷
正経自病とはその生体が、置かれた状況に対応すべく生理ネットワークを駆使しながらも、
その対応能力を超えたために経自身が誤作動を起こし、ホメオスタシスの安定に危惧を
与え始めた状態を言っている。

「五邪」
五邪の‘邪’とは、五臓が外的内的な影響に損傷を受けた状態の名前と思われる。損傷による様相が‘虚実’でありその原因を‘邪’という。
つまり心病などの臓病が虚実であり、原因の内容に中風、傷暑、飮食労倦、傷寒、中湿の五邪がある。

五邪とその症状 五臓側の特有の症状

中風
肝=色
恚怒気逆
脇下が
滿痛する
弦脈
転筋・牢脈、脈は沈む
身熱・大脈、脈は浮く
腹が脹満・
寸口六脈倶に動く
寒熱・短脈、脈は浮く
泄して下重
実脈、脈は沈む
傷暑
心=臭
憂愁思慮
煩して心痛
散脈
(羶)
転筋・牢脈、脈は沈む
身熱・大脈、脈は浮く
腹が脹満・
寸口六脈倶に動く
寒熱・短脈、脈は浮く
泄して下重
実脈、脈は沈む

飮食労倦
脾=味
飮食労倦
体が重く
臥を好む
四肢の
收まりが悪い
緩脈
転筋・牢脈、脈は沈む
身熱・大脈、脈は浮く
腹が脹満・
寸口六脈倶に動く
寒熱・短脈、脈は浮く
泄して下重
実脈、脈は沈む

傷寒
肺=聲
形寒飮冷
洒洒と惡寒し
喘咳が甚しい
渋脈
転筋・牢脈、脈は沈む
身熱・大脈、脈は浮く
腹が脹満・
寸口六脈倶に動く
寒熱・短脈、脈は浮く
泄して下重
実脈、脈は沈む

中湿
腎=液
久坐湿地
強力入水
下腹部が痛む
足の脛が
寒く逆す
濡脈
転筋・牢脈、脈は浮く
身熱・大脈、脈は沈む
腹が脹満・
寸口六脈倶に動く
寒熱・短脈、脈は沈む
泄して下重
実脈、脈は浮く

四十九難の
病脈↓の抜粋
四難の陰陽脈の
組み合わせ↓
心病
の脉
一陰
一陽
沈んだ滑
大弦
一陰
二陽
沈んだ
滑に長
大散
一陰
三陽
浮いた
滑に長
一時沈む
大緩
一陽
一陰
浮いた渋
大渋
一陽
二陰
沈んだ
長に渋
濡大
一陽
三陰
沈んだ
渋に短
一時浮く
十六難の症状
得脈 外証 内証
潔を善く、
面は青く
善く怒する
臍左に動気、
四肢が満閉。
淋溲便難し、転筋す。
面は赤く、
口は乾き、
喜く笑う。
臍上に動気、
煩心して心痛し、
掌中は熱く、す。
面は黄、
善く噫して、
善く思い、
善く味する。
臍に動気、腹が脹満。
食は不消して
体は重く節は痛む。
怠墮にして臥を嗜して
四肢は不收す。
面は白く
善く嚔す。
悲しみ愁し楽さず。
哭するを欲す。
臍右に動気、
喘咳し.
洒淅して寒熱す。
面は黒く、
喜く恐れて
欠す。
臍下に、
逆気し少腹は急痛す。
泄して下が重くが如く、
足脛は寒して逆す。
中風、
傷暑、
飮食労倦、
傷寒、
中湿。
での共通(傷と中)
カップリングすると、
三焦
五邪
五臓
四難の脈
上焦
傷暑
大で散
傷寒
短で渋
中焦
飮食
労倦
下焦
中風
牢して長

中湿
按すれば濡
指を挙げ
実が来る
と、なって
上焦
‘傷’
下焦
‘中’
という
‘三焦の位置’
へと収まる。
五邪とは、三焦機能における五臓が正経自病により傷れて展化したものと考えられる。

「現象性の五行」
五臓に置き換え
生理として見立てた物
‘三焦’の五臓配置
である。

このように「現象性の五行」と三焦の結合が、この医学のまずは生理学を発展させた。難経はその三焦の有り様を「気街」と言う言葉で紹介している。そして生理学があるからこそ病理学が見えてくる。それがこの「四十九難」である。

どの様な過程で五邪を受けた五臓が、臓病の症状を起こすのかが五邪の法である。

正経自病ー五邪ー三焦、発症のメカニズム

臓腑が受けた‘邪’がもう一度、臓腑を干す事。
つまり五臓の損傷がもう一度、五臓に干渉するという関係性

十難の脈 邪と臓の関係
病脈と五邪とその症状、四十九難から 
心脈が
急で
甚だしい
肝邪
虚邪

相生
浮大弦
中風=色(赤)
脇下が滿痛する
心脈が
心邪
正邪

浮大散
傷暑=臭(焦)
煩して心痛
心脈が
緩で
甚だしい
脾邪
実邪

逆生
浮大緩
飮食労倦=味(苦)
体が重く臥を好む。四肢の收まりが悪い
心脈が
渋で
甚だしい
肺邪
微邪

逆剋
浮大渋
傷寒=聲(言)
洒洒と惡寒し喘咳が甚しい
心脈が
沈で
甚だしい
腎邪
賊邪

相剋
沈濡大
中湿=液(汗)
下腹部が痛む。足の脛が寒く逆す
中風 傷暑 飲食労倦 傷寒 中湿
正邪
実邪
微邪
賊邪
虚邪
虚邪
正邪
実邪
微邪
賊邪
賊邪
虚邪
正邪
実邪
微邪
微邪
賊邪
虚邪
正邪
実邪
実邪
微邪
賊邪
虚邪
正邪

相生 相剋 逆剋 逆生

臓病が明らかになった時に五行の本体性が傷られて、五臓同士の相生相剋関係からの病状の軽重浅深が起こる。
これが治療法の選択や予後の判断に繋がる。

必ずしも五邪と五臓の組み合わせの相生や相剋が、そのまま六十九難や七十五難に直結する事はない。
五臓と正経自病それぞれの関係は?

四時四方の陰陽五行
相生相克の五臓

三焦の循環機能

三焦の位置

 

心・肺
肝・腎
六腑の働き

正経自病
五邪 この中核の五臓が病む
相克の並びは外部との事変を
意味していると思われる。
心から始まり肺→肝とすることで
上焦を外表と例え、
外部情報とそれに対しての
三焦の循環対応を
言っているのではないか?
そして
四十九難の後半は‘五邪’と
それからの五臓の病であるが、
経絡から三焦循環までが‘正経自病’、正経自病の影響から三焦の位置にある五臓の不具合が‘五邪’。
その五邪の影響で病んで症状を発するのが中核としての本来の五臓。

つまり末尾を締める五邪の法とは....

まずは経が自ら病む事で、病(やまい)が始まる。この時にも様々症状は起こる。
経に生じた病が五臓の働きを傷ることで、五邪が生じる。ここで三焦機能に抵触する。よって、
‘色、臭、味、聲、液’が診られ始める。
三焦機能に抵触した五邪が、各三焦の位置にある五臓を干して臓病へと進む。
‘弦(急)、散(大)、緩、渋、沈’という脈状が診られる。
五邪と五臓の組み合わせの相生相剋から病状の軽重浅深を知り、治療法の選択や予後の判断に繋げる。
結果、各五臓の虚実を知り対応する。


おまけのおさらい
 現象性の五行と本体性の五行とは?


現象性の五行
色代表は各五行の性質から分類される。
〜例えばなぜ春は‘木’なのか〜
それは‘木’という性質が「陰から陽へと向かうもの」だからで、
‘火’は「陽であるもの」であり
‘金’は「陽から陰へと向かうもの」であり
‘水’は「陰であるもの」であり、そして
‘土’は「正中もしくは行から行への変化点」と、なる。
この各行の性質を陰陽で区分した考え方を、ここでは陰陽五行論、
もしくは四時五行、または「現象性の五行」と仮名する。
実際に人知で把握できる五行はこの「現象性の五行」と言え、それは太陽の運行による季節や昼夜の変化が代表する。各五行の陰陽性質はこの運行変化の上で成り立っていて、しかしその循環は必ず、木→火→金→水となり、移ろいは‘土’の性質を踏まえた上で観察する。
季節は春→夏→秋→冬と移ろい、太陽は東から昇って南上し、西に沈んで北下を仮行する。
これらは人知で観察でき、この循環の原動が「本体性の五行」であろうと推論できる。
本体性の五行
五行論といえば一般的には相生相剋の理論である。
これは各五行の関係性を言い、もしくは五行循環の原理を言っている。
‘木’は‘火’を生み、‘火’は‘土’を生み、‘土’は‘金’を生み、
‘金’は‘水’を生み、‘水’は‘木’を生む。
この相生関係は木→火→土→金→水の循環があるために起こる。
さらにこの循環は、相剋関係があるために発生する。
この循環は一種のエネルギーの質的流動であるが、そのためエネルギーの集約点と粗放点が起こる。
仮に‘木’が集約点だとすると、その木が‘土’を剋して‘土’のエネルギーを質的に粗放させる。
エネルギー流動は常に粗放して薄くなった箇所へと流れ、その循環方向は五行の素性であると考え、‘土’の手前にある‘火’から‘土’へと流動がおこる。その時に一瞬希薄化した‘火’へと‘木’の集約点が移動する。これを‘木’から‘火’が起こったと考え、相生循環としての働きを持つ。
この相生循環と相剋作動の質的なエネルギーの流動が、各五行の関係性となりまた宇宙原動と考えて、相生相剋の五行論として世界を理論把握する道具として活きる。
ここでは相生相剋の五行を単に五行論、もしくは「本体性の五行」と仮名しておく。
しかし各五行は、独立した性質も持っています。
「現象性の五行」は陰陽論が中核にある。陰陽論は比較によって陰か陽かを区別するが、そのためには陰陽を分別する基準が必要で、いわゆる‘平’と言うものであるが、「現象性の五行」では‘土’が基準もしくは‘平’の役を果たしている。
そのことから三焦では‘土’である‘脾’が中焦に配置されている。三焦水道とも言われ季節に対しての水の流動を、水穀を受け持つ‘脾’が中焦という軸となって、四時の移ろいに対応させる。この事は“黄帝内経”を持って完成させたと考えられ、「肝は木で春を主る」の様な言葉が盛んに出てくる。
「本体性の五行」では把握困難な人体を、三焦論に「現象性の五行」を繋げる事で生理学や病理学の見通しを立てたうえで、最終的には“難経”が「本体性の五行」を持って五臓虚実への治療法則の完結に至る。だから七十五難の初めの部分で、わざわざ五行の全ての相剋を謳っているのである。
三焦は水道であるという古代定義から、脾が受け持つ水穀の水の方ばかりが注目受けるが、当然“穀”の方も呼吸を取り入れながら“脾”が三焦として対応している。
全身に滋養分を隈無く送り届けるという働きは、中焦由来の“栄気”でありそのインフラが‘経’である。滋養分から受けた各箇所の実働現象は下焦由来の“衛気”が受け持ち“栄気”と各所の連結が‘絡’である。この実働現象は腎の精と肝の魂という根元性を各所が持っているためという考えが奥にあって、滋養分を受けた箇所が外的刺激に自動的に対応すると、しているのだと思う。
上焦由来の“宗気”は五臓の根在的働きの現れである。これらは穀から展化した滋養分の各三焦での働きと言える。
喘咳.
洒淅寒熱.有是者肺也.無是者非也.
假令得腎脉.其外證.面黒.喜恐.欠.其内證.齊下有動氣.按之牢若痛.其病逆氣.少腹急痛.
泄如下重.足脛寒而逆.有是者腎也.無是非者也.

五臓と六腑

五臓(それぞれに働きを示す精気を持ち、生体活動の中核をなしています。)
その精気を七神もしくは五精といい、各五臓と七神の関係は
肝ー魂  心ー神   脾ー意・智  肺ー魄  腎ー精・志

肝臓,魂・血・筋・爪・目・涙・将軍の官・疏泄
T肝Uの機能は大きく別けると2つ有ります。1つは「謀慮を主る」もう一つは「血の貯蔵と分配」です。無意識のうちに体に後天的な動きをさせる”魂”を蔵しています。
「謀慮」とは考慮(様々な要素や条件に対応するため良く考えること)する参謀(分析して計画をたて指導すること)の役割で病邪に対して抵抗するまるで軍隊を統率する様な役割があります。つまり「将軍の官」と言われます。
 肝がしっかりしていれば,体の内外の環境の変化に素早く対応が出来て心身ともに健全でいられます。逆に弱っていると軽い邪気を受けただけでも体調を崩し,些細なことでも苛々したりクヨクヨします。
「血の貯蔵と分配」とは眠っているときは肝臓に血を集めておき,活動するときには適材適所に血を分配して行動を起こさせる働きをいいます。T肝は血の代表臓器Uで動くときは筋に適切に血を送るため「筋を主る」と言われます。T肝の疏泄作用Uと言うのがあってこれは舒展という隅々まで行き渡ると言う意味と,通暢という円滑で澱みが無いと言う意味があります。

心臓,神・血脈・顔・舌・汗・君主の官
 生命の中核を主る中心的な器官です。どう言う事かというと臓腑全体の働きを総括し,精神活動の中枢を成しています。
 ”神”を蔵するとは神は意識や思想活動の源で有り、しいては生命活動の源であります。この神を蔵する心臓は五臓六腑を主宰し精神活動を発祥するため「君主の官」と言います。
 心臓は神明と血脈を主どるとは神明は精神、意識、思想活動をふくめた生命活動を言い血脈とは脈を介して血が全身にまわるように運行させ諸器官組織の活動を支えます。また,T脈Uと言う体表観察できる,生命現象を発生させる源になります。そしてその血の運行状態は顔色に反映されます。また舌を支配するので味覚や言語表現の働きをささえます。”暑”と親和性が有り、汗をかかせる作用が有ります。

心包または心包絡,臣使の官
 心包は心臓を外衛し,機能を保護し,心臓の働きを君主の命令として代行する為「臣使の官」といいます。T臣Uとは家来という意味です。心臓に代って外邪を受けたり治療対象になります。 そのほかの機能は心臓と変わりません。

脾臓,意(智)・肌肉・唇口・涎・運化・統血・昇清・倉廩の官
 脾臓は胃が消化吸収した飲食物の精華を栄気を通じて全身各所に輸送させる働きがあります。そのほか食料倉庫(胃が消化吸収したもの)の管理もするので「倉廩の官」と言います。食欲の有無や腹持ちの善し悪し,空腹時の辛さなどでその管理状態が解ります。倉も廩もクラの意味があります。
 脾臓は「運化」を司ると言います。運化とは水穀から転化した栄養を、各所の需要を満たすために運ぶことで、同時に水分の輸送も行っています。
 また脾臓は「統血」と言って血液を正常に運行させる作用を持ち、脈外に侵出する事を防ぎます。その機能が低下すると各所に出血性の疾患を起こします。
 「昇清」とは運化によって吸収したものを上にある肺へ送ることを意味します。肺が呼吸によって得られた気と一緒に全身に送出す為です。
 脾臓は肌肉を主るとは,栄養の供給と輸送が肌肉の生成と維持の状態に表れると言う事です。口に開竅するとは脾臓が水穀を口から取り入れるためで栄養供給能力は唇の色や光沢で判断出来るからです。
 脾臓は物事(記憶や知識,栄養分など)の吸収能力を司るT意・智Uを蔵しています。

肺臓,魄・皮毛・鼻・涕・治節・気・相傅の官
 肺は呼吸や吸引など本能的な行動を行う”魄”を蔵します。
 肺は心臓の補佐をして血液循環を主宰したり、外表組織と器官との関係が保てる様にしています。その為「相傅の官」といいT傅Uとは付き添いとかお守りという意味です。
 肺は気を主ると言います。生命維持の根源である真気(正気)は水穀の気と吸入した大気中の気が結合したもので、肺はその真気の生成と運行輸布を行っています。T肺は気の代表臓器Uです。また節を治めるといいますが、「治節を主る」ともいい、その意味は、血の運行は気の動きに依存していて気と血の相互関係を調節したり、心臓を助け他の臓腑との関係を調節することをいいます。
 肺は生体が外気から受ける影響を,皮毛で調節します。皮膚が暑さを受ければ弛緩させ、寒ければ収縮させ毛穴の開閉の調節をします。
 また、呼吸を行うため鼻に開竅します。

腎臓,精(志)・骨髄・耳・唾・技巧・毛髪・作強の官
 腎臓は元来もっている先天の精気と、後天的な五臓六腑から特に脾胃から受ける精気を貯蔵します。そして精巧な技能を持ち生体の成長、発育、生殖、智力等に強大な作用を持っていて逆に「先天の精」を五臓六腑に分配してそのことを行います。その機能を「作強の官」と言います。
 腎は技巧を主ると言います。技巧とは人の聡明と知恵や精巧多能を意味しています。「作強の官」と言う機能と結びついて体力の強弱や冷静沈着という一部の精神作用との関係を持っています。
 腎に貯蔵された精気が骨髄を生成すると考えます。腎気の強い人は髄が満ち強堅な骨格を持っています。
 耳に開竅すると言いますが,老うなどして腎が虚すると聴力が減弱します。また、腎気の盛衰は毛髪の成長発育から脱落の過程や色つやに見ることも出来ます。

六腑(飲食物を摂取し、排出されるまでの経路とその機能をいいます。)

胆(膽),中清の腑もしくは中精の腑もしくは中正の官
 腑というものは飲食物の通路と言われていますがT胆Uに限っては違う作用をします。身体の中央にあるため重心となっています。全身の活動状況を公平中立の立場で監視します。体内の生理作用や精神活動において適否の「決断」をします。胆の気が強ければストレスへの抵抗力が強く大胆になり弱ければ少しの事でもクヨクヨします。その為「中正の官」と呼ばれます。
 胆嚢には胆汁が入っていますが,これについての漢方的解釈では肝の余気が胆に漏れて集まったものとしてT精汁Uと言います。他の腑の器と比べ飲食物を含まず排泄物でもないため清浄な感じがします。つまり「中清の腑」もしくは「中精の腑」と呼ばれる由縁です。邪悪なものを許さない厳しい性質が有ります。
 肝と胆は表裏関係にある訳ですが,「謀慮」を主るT肝Uと「決断」を主るT胆Uは精神活動において密接に連係します。他の腑と比べ飲食物の運搬・伝化・排泄に直接関与しないためT奇恒の腑Uの一つに入ります。

小腸,受盛の官
 小腸は胃と大腸の間に有り,また胃から受けた腐熟した飲食を清濁に分別して大腸と膀胱に別けます。その時に胆からの精汁を受けます。つまり腑全体の連係の中間に位置します。
 胃から受けた腐熟した飲食物を清濁に分別するとは,栄養分であるT精華Uと,いずれ排泄物となるT糟粕Uに別けると言う意味と,糟粕を水分と固形物に別けて大腸と膀胱に別けるという意味があります。まずは胃から飲食物を受けることから「受盛の官」と言います。
 心臓と小腸は臓と腑それぞれの中央に位置し統治連係という密接な関係にあります。

三焦,決涜の官
T三焦Uとは機能のみを指した言い方で,それは五臓六腑の位置と作用や関係性を含んでいます。具体的には水道の疎通や気血を環流させることが働きとなります。T三焦Uはある種の輸送経路とも言えます。全身へ絶え間無く気血水液を環流させながら,余分な水分は膀胱に送る。T涜Uとは,けがれると言う意味ですが「決涜の官」とはけがれを断ち気血水液が滑らかに疎通するための働きを意味しています。

三焦は上焦,中焦,下焦に別けて考えます。
上焦 心と肺に関係性があります。舌下から胃の上口,もしくは横隔膜から上の機能をさします。働きは飲食物から得た陽性の気,衛気を全身に巡らせることです。それにより皮膚を潤し体毛に栄養を与えて体熱を生産し,体温調節をします。その為夏場は水分が上焦にあるので汗をかきます。
中焦 脾胃や肝の一部と関係性があります。胃の上口から下口までもしくは横隔膜から臍までの機能を言います。胃が腐熟,吸収して得られた精気を栄気と血として経絡を介し全身に巡らせます。
下焦 腎や膀胱,肝の一部や小腸大腸と関係性があります。胃の下口から前後の二陰までもしくは臍から下の機能を言います。清濁を分別して大小便の排泄作用を促します。冬場は水分が下焦にある為小便が近くなります。

,倉廩の官・後天の本・水穀の海
 胃は飲食物つまり水穀を絶え間無く受け入れる為「水穀の海」と言います。この水穀を消化吸収し,活動元となる気を全身に送出す源となるため「後天の本」とも言われます。胃そのものを働かせ,胃が全身に送出す気を「胃の気」と言います。「五臓六腑皆胃の気を受ける」と言われ特に「先天の精」によって人を生長発育させる腎臓への供給と貯蔵には欠かせません。そのほかに「胃の気」は経脈中を流れ脈として確認できるため「脈診」の診察対象になります。脾臓同様「倉廩の官」と言うのは自らが消化吸収した水穀の気を脾臓とともに管理するからです。
 脾胃の機能といわれ飲食物を受け入れ栄養に転化するという土の働きを連係して行っています。消化器官の機能全体の意味もあります。

大腸,伝導の官
 大腸は小腸から受け取った糟粕を糞便にして体外に排出させる機能があります。その事を「伝導の官」と言います。伝導とは運び出すと言う意味です。
 肺臓のT魄Uは組織形質の組成をしています。主体が死亡したとき肝臓のT魂Uが肉体から離れて死体となります。しかし肉体はまだ形取っています。その後ゆっくりとT魄Uが裕D ROWSPAN="2" NOWRAP ALIGN="CENTER" BGCOLOR="#cccccc">下焦

中風
肝 ゚ソ゚ソソソソソ゚ソ@ @@ @ @ @@@@`@@@ @  @@ @@ @  タ@