10-4/18 古典の科学性とその臨床応用〜六腑編・総概論〜 加藤秀郎

六腑とは何をするのか?
字源では‘腑’=‘府’は、
となり、これは文書を保管する意味を持つ。
手によっての文書の出し入れを可能にしている保管場所である。
蔵が仕舞い留めるに対して、府は出し入れの流動が目的。
水穀と糟粕の流動が六腑の働きとなる。

素問;五藏別論篇第十一.
黄帝問曰.余聞方士或以腦髓爲藏.或以腸胃爲藏.或以爲府.敢問更相反.皆自謂是.不知其道.願聞其説.
黄帝が問いて曰く、余は方士(=法師;僧侶、賢人、学者)から或(あるいは)脳髓を以って臓を為す、或(あるいは)腸胃を以って臓を為す、或(あるいは)以って府を為す、と聞いた。敢(あえて)相反の更(こう;こもごも入れ替わる)を問う.皆(それぞれの方士)が自(分)が是を謂い、其の道(自分以外の考え方)などは知らぬ。
願わくば其の説を聞きたい。
岐伯對曰.腦髓骨脉膽女子胞.此六者.地氣之所生也.皆藏於陰而象於地.故藏而不寫.名曰奇恒之府.

岐伯が對(=対)して曰く、脳、髓、骨、脉、胆、女子胞の此れ六つは、地気の所生(所属物=ジャンル)なり。皆が陰に於いて蔵し、また地に於いて象ずる。故に蔵してまた瀉さず。名を奇恒の府と曰う。
夫胃大腸小腸三焦膀胱.此五者.天氣之所生也.其氣象天.故寫而不藏.此受五藏濁氣.名曰傳化之府.此不能久留輸寫者也.魄門亦爲五藏使.水穀不得久藏.

夫れ胃、大腸、小腸、三焦、膀胱の此れ五つは、天気の所生(所属物=ジャンル)なり。其の気は天を象する。
故に寫してまた蔵せず。此れ五蔵への濁気を受ける。名を傳化の府と曰う。此れ輸寫して久しく留めるは不能なり。
魄門(=肛門;糟粕の粕は本来は‘魄’)もまた五臓の使いを為す。水穀を久しく蔵するは不得。
所謂五藏者.藏精氣而不寫也.故滿而不能實.六府者.傳化物而不藏.故實而不能滿也.所以然者.水穀入口.則胃實而腸虚.食下.則腸實而胃虚.故曰實而不滿.滿而不實也.

(ところ)で五臓と謂うのは、精気を蔵しまた寫せずなり。故に満ちているためまた実するのは不能。六府は物を伝化してもまた蔵せず。故に実してもまた満るは不能なり。所(ところ)で然(今言った話)を以っては、水穀が口に入り、則ち胃は実してまた腸は虚す。食し下して則ち腸は実しまた胃は虚す。故に実してまた満らず、満ちてまた実らずと曰うなり。
帝曰.氣口何以獨爲五藏主.
帝が曰く、気口(=橈骨動脈搏動部)は何を以って独り五臓の主りを為すのか。
岐伯曰.胃者水穀之海.六府之大源也.
五味入口.藏於胃.以養五藏氣.氣口亦太陰也.是以五藏六府之氣味.皆出於胃.變見於氣口.

岐伯が曰く、胃は水穀の海、六府の大源なり。
五味が口に入り、胃に於いて蔵す。以って五臓の気を養う。気口もまた太陰なり。是れを以って五臓六腑の気味は皆が胃に於いて出て、気口に於いて変を見る。
故五氣入鼻藏於心肺.心肺有病.而鼻爲之不利也.凡治病.必察其下.適其脉.觀其志意與其病也.

故に五気が鼻に入り心肺に於いて蔵す。心肺に病が有れば、また鼻は之れ不利を為すなり。凡(一般的)に病を治するに、必ずや其の下を察し、其の脈を適(修まり具合)し、其の病が与える其の志意を觀(見比べる)するなり。
拘於鬼神者.不可與言至徳.惡於鍼石者.不可與言至巧.病不許治者.病必不治.治之無功矣.

鬼神に於いて拘(とら)われうるは、言うに与えて徳に至るは不可。鍼石に於いて悪するは、言うに与えて巧に至るは不可。病に治するを許さざれば、病は必ず治らず。治の無功である。

飲食物は口から入り、胃からの消化吸収を経て栄養素として全身を廻る。
小腸で液体と固形物とに分けられ、固形物は大腸に送られ便となって排泄され、液体は膀胱から尿として排泄される。
動作としては機械的であるが、体調や気候環境などから今その瞬間の生体に於いて、適切な飲食物の摂取が出来る様、五臓や経と連絡を取り合って食欲や喉の渇きを促す。
それらの連絡動作を三焦と胆が行い、これらの2つを胃、小腸、大腸、膀胱の4つに加えて六腑となる。

霊枢:五津液別第三十六.
黄帝問于岐伯曰.水穀入于口.輸于腸胃.其液別爲五.天寒衣薄.則爲溺與氣.天熱衣厚.則爲汗.悲哀氣并.則爲泣.中熱胃緩.則爲唾.邪氣内逆.則氣爲之閉塞而不行.不行則爲水脹.余知其然也.不知其何由生.願聞其道.
黄帝が岐伯に于(=於)いて問いて曰く、水穀は口に于(=於)いて入り、腸胃へと輸す。
其の液は別して五つと爲す。
天は寒く衣は薄く、則ち気を与えし(その作用を人体が受ければ)は溺(=尿)を爲す。
天は熱く衣は厚く、則ち汗を爲す。
悲哀は気を并(あ=合併)わせて、則ち泣を爲す。
中熱は胃が緩み、則ち唾を爲す。
邪気が内逆すれば則ち気が爲し之くは閉塞にて不行。不行は則ち水脹を爲す。
余は其の然を知るなり。其の生れし由(=由来)が何かを知らぬ。願わくば其の道を聞きたい。
岐伯曰.水穀皆入于口.其味有五.各注其海.津液各走其道.故三焦出氣.以温肌肉.充皮膚.爲其津.其流而不行者.爲液.天暑衣厚.則理開.故汗出.寒留于分肉之間.聚沫則爲痛.天寒則理閉.氣濕不行.水下留于膀胱.則爲溺與氣.
岐伯が曰く、水穀は皆が口に于(=於)いて入り、其の味は五つ有る。
各が其の海に注ぐ。津液は各に其の道を走る。故に三焦から気が出て、以って肌肉を温める。皮膚を充(=満ちる)するは津が其れを爲し、其の流れても不行なるは液を爲す。
天が暑く衣が厚ければ、則ち理は開き、故に汗が出る。寒さが分肉の間に于いて留まれば、沫(=粒泡)が聚(しゅう=集まる)し、則ち痛を爲す。
天が寒く則ち理は閉じる。気は湿して不行。水は下りて膀胱に于いて留まる。則ち気を与えし(その作用を人体が受ければ)は溺(=尿)を爲す。
五藏六府.心爲之主.耳爲之聽.目爲之候.肺爲之相.肝爲之將.脾爲之衞.腎爲之主外.故五藏六府之津液.盡上滲于目.心悲氣并.則心系急.心系急則肺擧.肺擧則液上溢.夫心系與肺不能常擧.乍上乍下.故(亥+欠;あくび)而泣出矣.
五藏六府、心は之れ主を爲す。耳は之れ聽を爲す。目は之れ候(=うかがう)を爲す。肺は之れ相(=わきぞえ)を爲す。肝は之れ将(ひきいる=長)を爲す。脾は之れ衞を爲す。腎は之れ外の主を爲す。
故に五藏六府の津液、盡(じん=ことごとく)は上り目に于(=於)いて侵出する。
心は悲気を并(あ=合併)わせて、則ち心の系は急す。心の系が急すれば則ち肺は擧(あ)がる。肺が擧(あ)がれば則ち液は上り溢(あふ)れる。夫の心の系と肺が常に與(=共)に擧(あ)がるのは不能。上るかとおもえば下がり下がるかとおもえば上がる。故に泣を出して(亥+欠;あくび)す。
中熱則胃中消穀.消穀則蟲上下作.腸胃充郭.故胃緩.胃緩則氣逆.故唾出.

中熱は則ち胃中にて消穀す。消穀は則ち蟲(=寄生虫?)が上下を作(=動作)する。胃腸の(外)郭が充(実)す。故に胃は緩む。胃は緩む則ち気逆。故に唾は出る。
五穀之精液.和合而爲膏高者.内滲入于骨空.補益腦髓.而下流于陰股.陰陽不和.則使液溢而下流于陰.髓液皆減而下.下過度則虚.虚故腰背痛而脛痲.陰陽氣道不通.四海閉塞.三焦不(下)寫.津液不化.水穀并于腸胃之中.別于廻腸.留于下焦.不得滲膀胱.則下焦脹.水溢則爲水脹.此津液五別之逆順也.
五穀の精液が和合して膏高(こうこう=濃厚な栄養素)を爲すは骨空の内に于(=於)いて浸入す。脳髓を補益(補っていっぱいに)す。また陰股へと下流す。陰陽の不和、則ち液を使いて溢れまた陰へと下流す。髓液が減れば皆また下がる。過度に下がれば則ち虚。虚は故に腰背が痛みまた脛が痲れる。陰陽の気道の不通は、四海(霊枢;海論第三十三.岐伯曰.人有髓海.有血海.有氣海.有水穀之海.凡此四者.以應四海也.)が閉塞する。三焦が不寫し津液は不化、水穀は腸胃の中に于(=於)いて并(あ=合併)わせ廻腸に于(=於)いて別し、下焦に于(=於)いて留まる。膀胱は浸入を得られず。則ち下焦は脹す。水溢(すいいつ)は則ち水脹を爲す。此れ津液を五別する逆順なり。

六腑の役割とは、身体状況に適応した養水分の供給と言える

暑気
三焦 暑気

基礎代謝の低下に
よる生体動作減少

平(うっすらと発汗)

過度の
水分排泄と食欲

病傷

停止

喉渇

空腹

水分の表昇
上焦
暖まりやすい

喉渇

空腹

停止

病傷

代謝量低下による
多汗と食欲不振

平(排尿がやや多め)

生理活動の
異常亢進による過労
冷えやすい
中焦
下焦
水分の奥降

寒気
人体の対応
上がりやすい 内傷 下がりにくい
人体の対応
寒気
外的見地 表的様相 人体の内部環境 表的様相

外的見地

黄帝の問い
天は寒く衣は薄く、則ち気を与えし尿を爲す。
天は熱く衣は厚く、則ち汗を爲す。
悲哀は気を并わせて、則ち泣を爲す。
中熱は胃が緩み、則ち唾を爲す。
邪気が内逆すれば則ち気が爲し之くは閉塞にて不行。不行は則ち水脹を爲す。
の、うちの「中熱は胃が緩み、則ち唾を爲す」以外は、水分が内容である。
‘中熱’は中焦の機能亢進。身体状況から養水分の供給を必要とした状態。
そのため‘胃が緩’は胃壁が膨み内腔が緩んで供給体制にあるイメージ。食べる前のための働いていない様子。
だから食欲があるので‘唾を爲す’となり、さらに喉渇すれば唾液が渇いて口中の唾液の存在を認識する事も‘唾を爲す’は含む。
「天は寒く衣は薄く尿を爲す」‘天は寒く’で季節が寒くなれば水が下焦へと奥に降りる事を意味し
‘衣は薄く’で身体の在り方が外環境と適さなければ、水分を排出して適合に近づける。
‘気を与えし’で身体内外からの作用に対しての対応を、常に行う事を意味する。
それは‘天は熱く衣は厚く汗を爲す’でも同じで、後の岐伯の説明から三焦と理がメカニズムの中心となる。
‘悲哀は気を并わせ泣を爲す’は内環境でも六腑は対応する事を示していて、後の岐伯の説明から‘心’の働きの系列が‘急(=機能亢進)’するために‘肺は擧がる’となる。三焦での肺は上焦に在って下げる働きであるから、その働きが乱れるため内環境の不適切を意味している。
それが「心の系と肺が常に共に擧がるのは不能。上るかとおもえば下がり下がるかとおもえば上がる」となる。
この内外の環境に三焦が対応する生理学もしくは病理展開を、より発展させた物が難経の四十九難と言える。
‘邪気が内逆すれば閉塞にて不行’は岐伯の説明の‘陰陽の気道の不通’である。‘陰陽の気道’とは、三焦を中心とした六腑の対応様相の全体を示してる。それが‘不通’つまり六腑への経からの情報や五臓からの指令といった連絡の乱れ、それによる三焦機能のガタ付きからの六腑間における混乱によって‘四海の閉塞’がおこる。‘四海の閉塞’とは、養水分の供給循環と大小便の排泄の停止である。根本原因は‘邪気が内逆’から五臓の損傷のためである。

六腑の身体状況に適応した養水分の供給とは、人体が寒さを受け体温低下を避けるために
体温燃焼の必要からカロリー供給を欲する。つまり食欲が沸くわけだが、寒さの受け加減は季節により
変わる。夏は上焦にまで水が満ち身体は冷えやすいので外気が27℃であっても涼しく感じる。冬は下焦
まで水が下がって身体は冷えにくくなっているので、外気が15℃でも暖かく感じる。真冬より秋口に
食欲が増すのはそのためである。
逆に暑さを受ければ食欲は落ち喉が渇く。三焦が設定した暑さに耐えうる水分量よりも、急激に暑さに
あたれば体はのぼせ、消化器官の機能は下がり吐き気すら感じもしくは嘔吐する。
水分にとっても同じ事が言える。夏は上焦にまで水分を満たすため、常に蒸散放熱し喉もよく渇く。
冬の下焦にまで水分が下がるとは、生体内の水分量が減ることである。少しでも水を多くとれば速やか
に尿として出されてしまう。三焦で設定された寒さに耐えうるであろう水分量よりも、もしも急激に
寒さにあたれば体は冷え、早急な水分排出のため排尿の亢進とさらには下痢までおこす。

六腑は常に経からの情報と五臓からの指令を受け、生体の置かれているその瞬間に適応し続けている。
経の情報から五臓の指令を受け、六腑の仕事としての適切対応の中核が‘胆’である。
胃、小腸、大腸、膀胱が宙腔で、これに機能のみの三焦が合わさって5つとなる。さらにこの5つに内実した形質の五臓に寄った特徴を持つ胆が加わって6つとなり、六腑というグループが形成される。

‘5’とは、字源に因れば
である。これは、
交差する木をもって作られた器物の蓋の形。仮借として‘五’という。
<説文解字>に「陰陽、天地の間にありて交午する」とあって陰陽の上下相交わる形としている。
五は聖数である。
数字は一より四は横線画を重ねた形だが、五は明らかに器物の形として用いられている。
四方の中点に一つ置いて‘5’となる。中点の一つとは観察者で、空間に観察者を置いて四方として実景化する。
もしくは空間の陰陽という2つと、時間の陰陽という2つに観察者という意識媒体が加わって‘5’となり、五行という自然把握の論理が形成される。自然展開の原理として‘5’は天を示し、よって聖数となる。天のため有象無形である。だから胃、小腸、大腸、膀胱、三焦を五つとして分け、三焦は現象のみと言う事と、あとの4つは宙空である事に加え水穀という実形物から養分という現象を取り出す働きを示して‘天気の所生’と言っている。
しか六腑は五臓の指令を受けた“生体活動への供給部”という発動体なため、実際には水穀という形のある物を受け、五臓の指令を実働するため‘地気の所生’である‘6’に成る必要がある。そこに形質構造を持った五臓寄りの‘胆’が‘中正’という仕事で六腑と五臓を繋げ、六腑の統治もする事で、常に情報と指令に適切な働きが六腑に起こる。
それが六つの腑というグループ化である。ところで‘地気の所生’とは、内実形質であっても指令能力は無いという意味で使われている。
では‘6’を字源に因れば
である。これは、
初形は小さな幕舎であるが‘六’に仮借する。
<説文解字>に「易の数、陰は六に変じ八に正す。入に従い八に従う」六は陰の変で九は陽の変。陰の変をもって陰の正たる八に従うとある。古い字は‘^’とつくる。‘陸’はこの字に従う物で、神梯の前に六を重ねた形をしるす。
‘6’とは、上下、左右、前後という六方を示した空間の模写である。実形を意味する。実形空間はそのまま地上を示して‘地’を意味し、‘5’である‘天’の作用に反応し、現象を実形化させる舞台となる。
陽である‘天’は‘5’で示し、人体内では五臓となり奥にあってその所在を見せず指令のみを発する事から‘陰’となり、
陰である‘地’は‘6’で示し、人体内では六腑となって五臓の指令を受け水穀供給という実働を起こすため‘陽’となる。

六腑の各働きと関連

素問の靈蘭秘典論篇第八 第一章 に
◆胆は、
膽者, 中正之官, 決斷出焉.
胆は中正の官にて決斷これ(焉)に出ずる。

とあって、‘これに出ずる’つまり内(五臓指令)から外へ(六腑への指令伝達)そして外環境や六腑の状態から水穀への欲求と排泄状態を適切に調節する働き。

悗海譴法峪鮎ー膀胱」と「胃-小腸-大腸」が加わります。

◆三焦は、
三焦者, 決之官, 水道出焉.
三焦は決の官にて水道これ(焉)に出ずる。
とは小さくは排水溝を意味し水路となるが、大きくは河川を指して汚濁を浄化することも意味する。
決とは刃器で抉(えぐる)る動作を言い、初意は洪水の時に氾濫を防ぐため、堤防の一部を削ることで、後にその判断を決心と言う。
健康な時や疾病の時に、もしくは環境対応時に体内水分をどう活用するか、その調整を行う。
◆膀胱は、
膀胱者, 州都之官, 津液藏焉, 氣化則能出矣.
膀胱は州都の官にて津液これ(焉)を蔵し、氣化させ則ち出すことを能す。
州とは水流によって自然に区分された土地。都はそれを人工的に利用区画した大きさの意。体内水分を集め、気化(働きを変えて)させ体外に排出させる。

この二つは扱いが水で、水は上からしてへと流れるものとすると、組合せは上下となる。自然排出として膀胱が下になり、上から膀胱までを三焦が受け持つ。

◆胃は、
脾胃者, 倉廩之官, 五味出焉.
脾胃は倉廩の官にて五味これ(焉)に出ずる。
倉の元々は、青い新米や青草をしまいこむ納屋のこと。廩は役所のくらから支給されてもらいうける食いぶち。五味が出るとは、味を感じ食を欲する働き。
◆小腸は、
小腸者, 受盛之官, 化物出焉.
小腸は受盛の官にて化物これ(焉)に出ずる。
受は受け入れる。体内に取り入れる。盛はある器を満たすこと。化物とは食物から抽出された必要栄養素。
◆大腸は、
大腸者, 傳道之官, 變化出焉.
大腸は傳道の官にて變化これ(焉)に出ずる。
傳は伝であり人と專であるが、專は大きな袋に物を入れる意。それを人が背負うと傳となる。罪人に遠方へと運ばせ刑罰とし、それに伝葉を入れた。それが通る道であり、その際に食物を変化させ排出させる。膀胱は気化、つまり質気、形気が化することに対し、大腸は変化、つまり形質が化する。

この六腑のバランス図は病症箇所を示す物ではなく、状況に対応する六腑の連携を示している。

小腸の受盛は、体の状態によってその受け入れる器の容量と、受け入れる内容を変えて対応する。その対応によって、飲食する量と質、排出する量と質が変わる。そのため小腸を中心に、脾胃と大腸のバランスをコントロールする。

人体は、その時の体調と環境への対応という二つの状態から‘胆’が適切な中正で審判する。その結果から小腸が三焦ー膀胱の上下の位置、脾胃ー大腸の左右バランスの中点を作る。
夏の暑いとき、体内の水分量が多く循環が盛んで汗を多くかく場合は、上下軸の上の方に小腸点が位置しこれを上焦とする。
喉が渇くことで水分を欲し、そのため胃の機能が亢進する。しかし体温生産が落ち必要カロリーが低下するため、摂取する食べ物が減るので必然的に、排出物も減り大腸の機能は低下する。胃ー大腸の左右バランスは胃が上がって大腸が下がり、胃が前へと出てきて大腸が後ろへと下がる。例えば人体が急激に冷やされた場合は、上下軸の小腸点が膀胱よりへと下がり排尿を促して体内水分量を減らすが、それでも間に合わない場合は大腸の機能を亢進させて大腸が水分を受け取り下痢の形を取って、更に水分を排出して体を冷えから守る。
そのとき胃ー大腸の左右バランスは
大腸が上がって胃が下がり、大腸が前へと出てきて胃が後ろへと下がる。