2016-4-17 「骨格系の疾患〜経絡治療と手技の併用〜」 加藤秀郎  社会がイメージする鍼治療の適応疾病は、筋-骨格系への整形外科的な症状です。そのための対応として、阿是穴治療や局所治療、パルス治療が普及しました。痛みがある箇所への直接的なアプローチは患者要望にも応えられる行為となって、多くの鍼師が手がけるようになりました。  筋-骨格系に痛みや動作の不具合がある場合、整形外科ではレントゲンを撮り骨の状態を確認します。ここで骨に異常がなければ牽引や温熱などの療法や、痛み止めの処方となります。  筋-骨格系の疾患の改善として鍼治療院に期待を寄せる方の多くが、整形外科での処置が思わしくない場合です。ところが鍼治療側も痛い患部への局所治療を施していたなら結果は同じです。結果が同じどころか、直接療法によってただ痛みをわからなくしているだけでしたら、麻酔の注射をする方がはるかに明確です。これこそ私たち経絡治療側が局所治療に危惧を訴える、最大の理由です。局所の痛みを解らなくすることで、患者の基本的な体力を奪い痛めた箇所の保護を怠るからです。しかし経絡治療のみでの筋-骨格系の局所症状軽減は高い経験値が必要ですし、何よりも患者要望に答えているかどうかに不安が残ります。 そこで今回の「骨格系の疾患〜経絡治療と手技の併用〜」となります。 局所に鍼を刺せば患者の体力を奪い幹部の損傷を進めてしまうので、手技の施術で生体スポイルを減らして患者要望にも対応できます。そしてせっかく経絡治療と手技の併用ですから、できるだけ双方の特徴を活かせるのが望ましいと思います。 経絡治療と手技の相乗的活用のキーワードを「副交感神経」と「深層筋」します。 肩関節の深層筋の動作と支配神経 肩甲上腕関節は強い靭帯を持たず回旋腱板という筋肉で補強し関節の動きを安定させています。 この回旋腱板が肩の深層筋でその筋群は 棘上筋(外転と軽度外旋、肩甲上神経-C5~C6) 棘下筋(外旋と水平外転、肩甲上神経-C5~C6) 小円筋(外旋、腋窩神経-C5〜C6)、 肩甲下筋(内旋と水平内転、肩甲下神経-C5〜C6) 股関節の深層筋の動作と支配神経 腸腰筋(腸骨筋と大腰筋の総称 屈曲とわずかに外旋、 腰神経叢-S12〜L4、大腿神経L2,3,4) 小殿筋(外転と内旋、上殿神経-L4〜S2) 深層外旋6筋 梨状筋、上双子筋、下双子筋、内閉鎖筋、大腿方形筋(仙骨神経叢-L4〜S3) 外閉鎖筋(閉鎖神経L2,3,4) 副交感神経系 脳脊髄神経に伴うものと仙骨部から出て末梢の器官に分布するものがある。 脳神経に含まれる副交感神経の種類 動眼神経;中脳を出て眼球(毛様体筋、瞳孔括約筋)に分布 顔面神経;橋を出て顎下腺、舌下腺に分布 舌咽神経;橋を出て耳下腺に分布 迷走神経;延髄を出て、頸・胸・腹部(骨盤を除く)の全内臓に分布 骨盤内臓神経(S2〜S4) 仙髄より出て、膀胱、直腸、陰茎などに分布 筋-骨格系の疾患を経絡治療のみで処置した時に、他覚的に観察できる状態として筋肉の奥の方までが柔らかくなり、患者の主観としては体の芯が暖かくなったと話されます。そして早ければ治療直後に、遅くとも翌朝には症状の改善が自覚されます。これは深層筋の弛緩と考えられます。 また呼吸が深くゆっくりとなり、やや眠気が差したり腹部の鳴動がしたり温かさを感じるという現れは副交感神経の働きです。深層筋の弛緩と副交感神経亢進のリラックス効果から、痛みの緩和があったものと予想できます。 この経絡治療の深層筋や副交感神経に作用する特徴を手技で助長することで、局所症状の緩和を促進させられればと考えました。そこで深層筋に直接手技を加えることで、副交感神経の亢進になる箇所を探しました。それが肩関節と股関節への他動的ストレッチです。迷走神経に混入した副交感神経の一部は脊髄神経に入って頚椎から肩の深層筋に分布している可能性があり、また骨盤内臓神経叢の副交感神経が上殿神経(L4〜S2)や仙骨神経叢(L4〜S3)に混入して、股関節の深層筋に分布している可能性を考えました。 肩と股関節に直接手技を加えて、頸ー肩ー腕、腰ー臀ー脚の減痛の促進 肩の亜脱臼ストレッチ 肩と股関節の共通した特徴は、可動域が広いことといく重もの筋肉で構成されていることです。特に肩関節は骨同士が緩く接合し筋肉も小さいため、例えば腕を挙上しただけで関節が浮く、亜脱臼状態となります。関節としては不完全ではないかと思うほどのフレキシブルなこの構造を利用して、故意に亜脱臼にしてあえて通常動作では動かない角度に関節を曲げて、深層筋をストレッチします。 肩の深層筋とは回旋腱板ですが、特に肩甲骨と肋骨の間にあって手技の届かない肩甲下筋がストレッチされます。 施術例、患者右腕 患者の右肩に術者の左手のひらを置き、肩峰と労宮を合わせます。術者の右手で患者の右腕を水平位に持ち上げます。この時の患者の手のひらは下向きです。 患者の手首を小指を中心にして上方から握り、軽く肩を押しながら外方へを少し引きます。 外方へ少し引きながらオートバイのアクセルのように手首を返すと患者の腕は外旋し、さらに後方に軽く引くことで外転となり、この時に肩甲上腕関節は浮く形となって亜脱臼状態になります。これにより特に肩甲下筋のストレッチとなります。 また患者の腕を下垂に戻し、同様に肩に左手のひらを置き腕を水平位に持ち上げます。軽く肩を押し外方へを少し引きながら手首を曲げ、一旦手首を離して患者の手首の内側に持ち直しさらに患者の腕を内旋させます。その上で患者の腕をやや外転させることで、棘上、棘下、小円筋がストレッチされます。各筋肉を特にポイント的にストレッチしたい場合は、内旋の回す量や外転の角度などで対応できます。 患者の肩に置いた左手は、肩内部の関節の様子を診るためと肩甲骨を固定するためです。肩甲骨と上腕骨を繋ぐ筋肉をストレッチするのが目的ですので、できるだけ肩甲骨の回旋を抑えて動かないようにすると、的確にストレッチを行うことが出来ます。 肩関節の深部筋への刺激が副交感神経に影響すると考えられる理由として、施術後に鼻詰まりがぬけたとか呼吸がスムーズになった、手尖に温感があるなどの訴えがあります。 股関節の外旋内旋ストレッチと表層筋間隙指圧 右脚の施術の場合 患者はうつ伏せの状態で右脚を外旋させます。実際には外旋というよりも、大転子を尾骨に近づける感じです。術者の右手は患者の右膝蓋骨を包むように持ち親指を「中ツp」付近に当て、左手は内股の内転筋を握るように当てます。右手は膝をやや浮かせて手前に引いて、軽く外転させながら左右の手で右脚を回すようにして外旋させると、大転子が尾骨に寄って大腿直筋腱と大転子の間が開きます。 この大腿直筋腱と大転子の間の奥に外旋によってストレッチされた、腸骨筋があります。術者は大転子の前方を右手の中指で探りながら大腿直筋腱の奥に向かって圧を加えます。腸腰筋が刺激され血流の促進と副交感神経の亢進が期待できます。 次に患者は同じ状態のままで右脚を内旋させます。術者の手の位置は逆になります。 左手は膝の内側で「曲泉」の付近を包むように手のひらを当てます。右手は親指を臀部の下辺に人差し指を大転子に当て、股関節の付け根あたりから右脚が浮くように両手で軽く持ち上げます。そのままやや外転気味に内旋させると大臀筋と大腿筋膜張筋の間が離れ、その奥にある深部外旋筋に手技の圧が届きやすくなります。術者は大転子の後方を右手の拇指で探りながら大臀筋の外側の奥に向かって圧を加えます。同様に血流の促進と副交感神経の亢進が期待できます。 次に患者を仰向けにして、同様の施術を行います。 術者はベッドサイドの反対側に移動して、同様に患者の右側に着きます。位置は下腿の辺りで体は患者の頭部に向けます。右手を患者の右足首内側にかけ、左手は膝外側に置いて四指で膝窩を支えます。術者は右脇を締め右腕を安定させ、右手首を曲げて患者の足首を深く握ります。この時に体を患者に寄せても構いません。左手首は返して手のひらがやや患者の膝蓋骨にかかるようにして、右脚を軽く浮かせて引きながら外旋させます。外旋状態のまま脚を下ろして手を離し、右手は患者の膝の内側において外旋状態を固定させます。左手は患者の鼠径部の外側で上前腸骨棘の下あたりに手のひらを当て、四指は患者の外側に置きます。この時に親指を上前腸骨棘にかけると手技が安定します。そのまま上から、さらに外旋するように圧迫をかけると、腸骨筋がストレッチされます。次に右手首を返して手のひらを患者の右足首の外側に当て、左手首は曲げて手のひらを膝窩に当て四指を内側をかけ、軽く引きながら浮かせて内旋させます。右手首はもう一度返して足首の外側に当て脚を固定し、左手首も返して膝の外側に当てより内旋させると深部外旋筋がストレッチされます。自覚的に足尖の温感や腰背部の筋肉の弛緩を認識されます。