2016.12.18
「六十九難を考える〜臨床的意義とその周辺」
六十九難の五行論の意味
六十九難曰.
經言.虚者補之.實者瀉之.不虚不實以經取之.何謂也.
然.虚者補其母.實者瀉其子.當先補之.然後瀉之.不實不虚.以經取之者.是正經自生病.不中他邪也.當自取其經.故言以經取之.
経に言う、虚はこれを補し実はこれを写す。不虚不実を以ってこれ経を取るは何を謂う也。
然るに、虚は其の母を補い、実は其の子を写す。当に先ずこれを補し、然る後にこれを写す。不実不虚は以てこれ経を取るとは、是れ正に経が自ら生じた病、他邪に中ず也。当に自ら其の経を取る。故に言う以てこれ経を取る。

黄帝内経での相生相剋の五行論のうち、素問、霊枢に「剋」や「克」という文字はなく
「刻」は素問に56個、霊枢に37個あるが相剋論の記載ではない。

素問に「勝」という文字は333個。
その中で相剋論としての記載は
金匱眞言論篇第四.
春勝長夏(木剋土)、長夏勝冬(土剋水)、冬勝夏(水剋火)、夏勝秋(火剋金)、秋勝春(金剋木)。
陰陽應象大論篇第五
悲勝怒、(金剋木)
燥勝寒、
恐勝喜、寒勝熱、(水剋火)
怒勝思、酸勝甘、(木剋土)
喜勝憂、苦勝辛、(火剋金)
思勝恐、甘勝鹹、(土剋水)
五運行大論篇第六十七
悲勝怒、(金剋木)
恐勝喜、寒勝熱、鹹勝苦、(水剋火)
怒勝思、風勝濕、酸勝甘、(木剋土)
喜勝憂、苦勝辛、(火剋金)
思勝恐、甘勝鹹、(土剋水)
六元正紀大論篇第七十一
寒水勝火(水剋火)

霊枢では53個のうち相剋論としては
経脈第十の
火勝金也、水勝火也、木勝土也、土勝水也、金勝木也。

素問に「孫」は18文字。、霊枢は13文字。いずれも相剋論としての記載は無し。
「祖」はどちらにも無し。

素問に「侮」は5文字、相剋論としての記載は無し。霊枢にはこの文字はない。

素問に「負」は1文字、相剋論としての記載は無し。霊枢にはこの文字はない。

素問に「母」という文字は9個、霊枢には4個。いずれも相生論としての記載は無し。
では「生」という文字は素問には481個。
うち相生論としての記載は

陰陽應象大論篇第五
筋生心、肉生肺、皮毛生腎、髓生肝

五運行大論篇第六十七
筋生心、肉生肺、皮毛生腎、髓生肝

至眞要大論篇第七十四
寒生春氣

霊枢には159個、うち相生論としては記載はない。

素問に「子」という文字は120個、霊枢には75個。いずれも相生論としての記載は無し。

難経で「剋」「克」「孫」「祖」「侮」「負」の文字はなく、「刻」は1個。相剋論としての記載は無し。
「勝」は7個。相剋論としての記載は、
七十五難の「水勝火」

「生」は36個。相生論としての記載は、
十八難に「金生水」「此皆五行子母.更相生養者也」
四十難に「肺者西方金也.金生於巳.巳者南方火也」「腎者北方水也.水生於申.申者西方金.金者肺」

「母」は7個。相生論としての記載は、
十八難に「此皆五行子母.更相生養者也」
五十三難に「假令心病傳脾.脾傳肺.肺傳腎.腎傳肝.肝傳心.是母子相傳.竟而復始.如環之無端」
六十九難に「虚者補其母.實者瀉其子」
七十五難に「北方水.水者木之母也.水勝火.子能令母實.母能令子虚」
七十九難に「迎而奪之者.瀉其子也.隨而濟之者.補其母也」

「子」という文字は26個。相生論としての記載は、
十八難に「此皆五行子母」
五十三難に「七傳者.傳其所勝也.間藏者.傳其子也」「是母子相傳」
五十四難に「府病易治者.傳其子也」
六十九難に「實者瀉其子」
七十三難に「?者火也.火者木之子」
七十五難に「南方火.火者木之子也」「子能令母實.母能令子虚」
七十九難に「迎而奪之者.瀉其子也」

かねがね当会では五行は二つあると言ってきました。
一つはポピュラーな相生相剋の五行論。
もう一つが五行の各行に陰陽性質を当てはめた陰陽五行論。

私たちの認識では相生相剋の五行論がポピュラーです。それは文献に載っているからなのですが、当時と今とでは常識が違います。
かつて文献は木の板に書き、字数が増えれば書物は膨大な量になります。だから誰もがわかっていると思われることは書かなかったと考えられます。つまり書いているということは特殊なこと。
当時、相生相剋の五行論を医学に使うのは特殊だったために、記載があると考えられます。
に対して陰陽五行論。木は陽へ向かう、火は陽、金は陰へ向かう、水は陰。それぞれの変化点や中間を土。
だから春や東は木であり、夏や南は火である。
当時はこの陰陽五行論が一般的で、中国の戦国時代に鄒衍(すうえん)が唱えた、五行の相剋関係での歴代王朝の交代の革命論である「終始五徳論」は、アカデミズムなものだったと思われます。
もともと陰陽五行論で区分された各行を相生相剋で関係性を説き、そのエネルギー推移によって靭帯を把握しようとしたのが、相生相剋の五行論の導入です。
中核になる言葉が「移ろい」です。自然界は四季という気候の変化がある、では人はどうなのか?
季節は春→夏→秋→冬と変わる。相生五行の木火土金水も中間の土を軸と考えれば木→火→金→水と回転する。この回転はなぜ起こるのか?
「春は木の性質が極大」としたなら、その極大の力が「一つ置いた土を押さえ込む」という相剋五行で自然の動作原理をモデル化して考えようとしたのが黄帝内経です。
極大の力を受けた土が極小化し、その虚ろになったところへ土の一つ前の火の力が流れ込み、流れ込んだ分だけ虚ろになった火に極大化した木の力が流れ込むことで、回転は木から火へと移行する。
つまり相剋関係の力の勝敗がエネルギーの虚ろさを作り、そこに隣り合わせからのエメルギーが流れ込むことで相生五行の回転が起こり、この相生五行の回転を元に陰陽五行の循環が起こる。
この陰陽五行の循環が現象として人間の認識に触れるものとなって四季や四方などの移ろいが確認できます。
この変化する自然界において人体はどうなのか?
自然界が相剋→相生の原理と動作が有ったうえで陰陽五行という確認ができるのなら、同じことが人体にも当てはまるのではないか?
そのために人の器官や生理現象、精神活動や行動などを陰陽五行で観察し区別しました。それが五行の色体表です。この表はなぜ酸や怒や風や筋が木なのか?と考えることに意味があるもので、決して酸っぱい味や怒りや風に吹かれたり筋肉を酷使すると肝臓が悪くなるという使い方ではありません。
そして日々味わう味覚も、風や熱などの自然環境や心に湧く感情も常に循環し、生きている中で筋肉を働かせたり休んだり、それにより血流が増減し脂肪や筋中グリコーゲンを燃やしたり蓄えたり、ただ肉体を動作させるのではなく外環境への対応の情報を皮膚など器官を通じて収集し、そういった動きの全てを体の奥で物理的に支えさらに経験として次へと繋げる蓄えをする骨があり。これらが細かく要所要所で人体を支えて、私たちは生きているのです。
この支えや循環が疲労やストレスや飲食の不適合や体質などの影響で、五行のうちのどれかが正常動作をしていないと想定し、補助を促す方法が六十九難なのです。
つまり陰陽五行の状態を相生五行の方法で安定させる方法と言えます。陰陽五行は人が知覚できるので、古代中国の世界観では当たり前の認識でした。その当たり前である陰陽五行のトラブルをアカデミズム五行である相生論で対処できるということを、中国の医学史上初めて難経に於いて書かれました。
現代医学で言えば人体の陰陽五行とは自律神経の働きの様相と言えます。
そして相剋五行は自然原理のモデルでしたが、そのまま命の原理のモデルとして生きているという状態を作っているものと考えます。この命の生きているという状態を現代用語でいうと、ホメオスタシスです。このホメオスタシスを生理機能で守っているのが自律神経で、その守り方の様相が陰陽五行論、ホメオスタシスが自らを守らせる自律神経に向けた指令が相生五行と言えます。その指令への人的操作が六十九難なのです。
この「虚すれば母を補い、実すれば子を写す」の方法論は、民間療法から根源治療まで幅広く応用できます。そしてこれは施術の方法論ではなく結果的にこの状態が起これば良いという方法論です。東洋医学の治療目的は自律神経の正常化ですので、こうやれば良いと言うものはありません。自律神経が安定する状態を作ってあげることが目的です。だから肺が虚しているのだから脾を補えば良いという考えが通用しないのです。
脾が肺を自動的に補うようにするにはどうするか?
この試みが「証を立てる」と言えます。しかしこの治療の結果は、決してすぐに確認ができるものではありません。自律神経の正常化には時間がかかるからです。そこで証や治療の確認手立てが必要です。それが不虚不実の正経自生病です。自ら疲労を受け持って病んだ器官の様子を知りその状態を認識して行くことが、六十九難の入り口であり出口なのです。