2018-10/21 難経の脈、構造と解説-1加藤秀郎 これからどの様に難経を捉えるか、四十七難を例に説明したいと思います。 四十七難に曰く人の面は独り能して耐えるるは寒、何か? 然るに人の頭は諸陽の合なり。諸陰の脈の皆が至るは頸、胸中にして還り,独り諸陽の脈は皆上りて至るは頭のみ, 故に令して面は耐えるるに寒なり。 人は顔だけは寒さに耐えられるが、何故か?
人の顔は諸陽の合だから。 諸陰の脈の皆が至るのは頚部であるが、胸中を巡った後に頭のみに上るのは諸陽の脈の皆である。 だからデフォルトとして顔は寒さに耐えられるようになっている。 顔はどんなに寒くても露出した状態で居 られる。世界極寒の地に生きる人でも、 顔は防寒されていない。 寒さに耐えられるとはどういうことか? それは熱源がある、という他にはない。 この「熱源がある」という状態を、難経 の著者は「諸陽の合」と記した。 ではこの諸陽と言われる熱源は何か? 胸中をめぐり頭にのみ至る「陽」。 まず頭の中に何が在るかだが、それは言 わずと知れた「脳」である。 人は37度が恒温だが、それは脳細胞の 正常動作条件の一つが、37度という温 度だからである。 脳は37度以外の温度を許さないので、送られる血液は37度に暖められる。それは 全身の内臓や筋肉を巡って暖められたもので、肺へと集まってガス交換され、心 臓から総頸動脈や椎骨動脈を通って脳へと届く。つまり脳は、栄養と酸素が届い た瞬間からすでに37度となっている。 するとここで一つの疑問が浮かぶ。脳は常に全身の酸素消費量のうちの約20%を 消費している。この多量な酸素消費を脳頭蓋内部という密閉された中で行ってい る。ところがそれでは消費熱量が直ぐに頭蓋骨内部に溜まって37度は保てない。 しかし脳が正常動作をしている以上、37度は保たれているはずである。なのでど こかに放熱機構があると考えられる。 実は頭蓋骨内を見てみると鼻腔や口腔以外にも空間がある。副鼻腔である. 副鼻腔は鼻腔に隣接した空洞で、前頭洞、篩骨洞、上顎洞、蝶形 骨洞の4つがある。うち前頭洞、篩骨洞、蝶形骨洞は前頭葉にも 隣接する。これら空洞が吸気を利用した、冷却器官になっている 可能性が高い。さらに前頭洞や上顎洞は眉丘や頬骨など顔面でも 突き出ている部分の奥にある。前頭洞は隣接した脳の温度を直接 受け、眉丘の高まりから外気へと排熱する。最も容量のある上顎 洞は、鼻腔内の冷却として空気を還流させ、頬骨の出っ張りで排 熱している。この脳からの排熱が顔の「独り寒さに耐えうる」状 態を作っていると考えられる。 脳は全身を巡って恒温に暖められた血液を心臓から受け取る。そ してその活動から生じた産熱は、副鼻腔を通じて吸気や顔面へと 排熱される。そしてこの温度の流動が四十七難の諸陽である。 「全身を巡って恒温に暖められた血液を、脳は心臓から受け取る」 「活動から生じた産熱を副鼻腔を通じて吸気や顔面へと排熱する」 顔面が排熱機関となっている状況はケガの時の出血量などでわかる。暑くなれば 赤く寒ければ青白くなる顔色の変化は、その放熱機能を顕著に表している。 この仮説を展開させると、陽脈や陰脈の意味が状況的に推論できる。 まず人体は外気にさらされて、常にその影響を受ける。衣類を着ても屋内であっ ても、気圧や湿度の変動は受ける。特に温度には顕著で、空調器具を用いても気 温の変動差が縮まるだけで、微細な温度差に人体の生理機構は対応しつづける。 気温が下がれば筋肉や内臓は機能を上げて発熱 し、足りなければ衣類や家屋や暖房器具を用い て恒温を保つ。逆に上がれば身体機能を低下さ せ風通しの良い日陰に横たわり、さらには冷房 器具などで対応する。つまり人体は単なる体内 生理だけでなく、足りなければ生活文化全般を 使って、37度に保たれた血液を脳へと送るので ある。すなわち人体の全てのパーツは、脳の環 境保持のためにあるという考え方もできる。 そしてその一つが「温度の流動」である。 脳頭蓋内の安定のために脳自身が全身に指令を 出して、外気や肉体の運動やその時の栄養状態 に応じて、身体機能を調節する。 その調節された様相が頭へと向かう陽脈であり、 首で止まっているとされる陰脈は、調節の内容 を現している。 全身の神経は、首筋へと集まり、首筋から拡散している。 血管の走行は、内臓と同じように頭部の密度が濃く、顔面も脳と同様に密集している。 四十七難に使われている「陽脈」「陰脈」という言葉は、部位ではなく機能や状態を意味している。全身の体表観察から 脳へと向かう温度の流れを陽脈と想定し、その受けた温度を脳は自己産熱と共に副鼻腔や血管を通じて顔面へと排熱する。 脳は全身から流入される温度の適正保持のために調節を施す。その指令の伝播を陰脈という。調節のための指令の陰と、 指令からの発動の陽。この機能としての陰陽概念がまずあって、別の一方では体表にも部位としての陰陽の区分が有る。 顔、背面、腕の外側、脚のほとんどの日に焼けやすい箇所を陽側。喉や腹部、腋下から腕の内側や掌、内腿や足底の日に 焼けにくい部分を陰側としている。 この体表の陰陽区分にすでに数千年前からの伝統手法となっている経脈の流注を這わせることで、機能との連結を図る。 そのことでこの医学は、治療という対応を可能とした。 なんらかの理由で身体の働きに乱れが生じる。脳からの指令は適切であっても、乱れのある体は指令内容に応じきれない。 応じきれない様相は、症状となって知覚される。例えば痛みなどは陽側に多く出現する。痛みの箇所が乱れのある場所で あるなら、その近位の経絡への施術で乱れは整い痛みは緩む。脳からの指令に対しての適切状態へと戻る。 しかし身体の乱れがあるなら、乱れを考慮した上での指令を脳は発動させる。ところが刻々と変化する身体の内外の環境 は、考慮という対処が後手となり充分な指令内容とはならない。そこに補正を加える方法を人智は見つけだした。それが 外気にさらされやすく体温の影響を受けにくい、陰側の肘から先と膝から先の経絡と考えられる。 四十七難の温度の流動から導き出された全身は脳のためにあるという考え方は、経絡の理由を読み取って、診察などの状 態把握から、選経や選穴をも示せる手立てとなる可能性を持っていると考えている。 難経の脈の解説にあたり、そもそも 動脈とは何か? 脈とは生体反応全般と生理的な意味合いの連なりをいう。 うち一難の「寸口は脈の大会,手太陰の脈動なり」は橈骨動脈の拍動をいう。古典医学はこの拍動から、拍 数以外の生理データをどう捉えてどう扱ったのか?それが難経の脈学となる。 そのために動脈とは何かを考える。 動脈の構造 動脈壁には厚い平滑筋と弾性膜で構成された中膜がある。 静脈管に比べはるかに厚い中膜層を構成する平滑筋は、末梢まで血液を送るため動脈管の内径を変化させて、内部の圧力をコントロールする。この場合の圧力とは血圧であるが、つまり動脈の平滑筋自体が収縮や拡張をして血圧を変化させている。この血圧の変化は基本的に交感神経のみで収縮も拡張も行われる。 動脈の種類 動脈には弾性型と筋型があり、弾性型動脈とは中膜に平滑筋層が少なく弾性繊維で構成される。心臓に直接繋がっている大型の動脈は、すべて弾性型動脈である。そしてその弾性型動脈以降の分枝はすべて筋型動脈となる。 筋型動脈は中膜層の平滑筋によって、内径を変えることができる。動脈の内径が変わる最大の理由は血圧 を変化させるためである。筋型動脈の平滑筋は交感神経のみで収縮や拡張を行い、収縮はα1受容体、拡張はβ2受容体による。 弾性型と筋型の区分がある理由 弾性型動脈は心臓に直接繋がり、血液の吐出を受け止め拍出のごとにその弾力で膨らみ、筋型動脈へと血流を受け継ぐ。筋型動脈は平滑筋の働きで、血流の吐出圧に対応しつつ内径を変える。この変化は生体の 内外の状況に応じた、収縮や拡張という動きである。もし心臓に筋型動脈が直接つながっていたなら双方の動きが干渉仕合い、接続箇所が破損してこれから全身へと巡る血液の大部分を流出させることとなる。 つまり弾性型動脈は自律動作性のない弾性線維によって、心臓と筋型動脈の動きを吸収している。 橈骨動脈までの流動 心臓から出た血液は上行大動脈を通り大動脈弓から腕頭動脈、左総頚動脈、左鎖骨下動脈へと分流する。 さらに腕頭動脈は右総頚動脈、右鎖骨下動脈へと分枝する。 左鎖骨下動脈は左腕に、右鎖骨下動脈は右腕に向かう。
ここまでは弾性型動脈である。 鎖骨下動脈から先は腕へと移行し筋型動脈となり腋窩動脈、上腕動脈、橈骨動脈と続き指先に向かう。 この時に不思議なのは垂らした腕を急に挙上しても、指の血液が足らなくなって青くなったり、挙げた手を 下げても発赤したりはしない。血管が浮いたりつま先の色が薄くなったりはするが、血流は守られている。 こういった腕の動作に対しての血流量の安定は、腕全体に広がる筋型動脈によるものといえる。急な腕の動 きにも太さを変えて対応する。しかしどんな場合に太くなったり細くなったりするのだろうか? 挙げた腕の爪先まで血流を届けるには、動脈は細くなる。だが細くすれば流量は減って虚血となる。太くす れば圧力が減って上がらない。逆に下げた時に動脈が太くなれば血液は流れ過ぎ、細くなったとしたらでは 腕を拳上した時にはどんな対応となるのだろうか? これと同じことが頭部にも起こっている。体を横にして寝た状態では、心臓と脳は同じ高さにある。ところ が起き上れば脳は心臓から数十センチ上の高さとなる。しかし貧血は起こしていないことから重力に負けて 虚血などならず、血流量は一定と考えられる。 この理由として二つの圧受容器の存在があげられる。 一つは大動脈弓にあり、もう一つは頸動脈洞にある。この 二つの受容器が圧力差を捉え、筋型である内頸動脈や外頸 動脈と脳内の動脈で血流を調節して安定を図っている。 だがこの場合の血液の流動差は腕の比ではない。たった四 本のストロー程度の太さの血管が、径を変えただけで賄え るとは思えない。頸動脈洞から上の脳全体に分布する筋型 動脈が、自律拍動を持って瞬時に強力な陰圧を作り上げて 血液を吸い上げているのではと考えられる。それは腕にも 言える。その上で腕と頭部の血流は、大動脈弓の上部を源 泉として分流する。試しにただの仰臥位と万歳の状態での 仰臥位で急に立ち上がってみると、掌の痺れの感じが違う。 おそらく一瞬で血流の分配を調節しあっている。つまり脳 の動脈と腕の動脈は、自律拍動を持ってリンクしている。 血圧の起立時変動だけでなく、身体状況のあらゆる場面で脳がこの脳内動脈の自律拍動調節をしてるなら、リ ンクしている腕の動脈の拍動は、脳内の血液流動の窓口となりうる。この生理動作を裏づけとして難経一難の 「十二經皆有動脈,獨取寸口,以決五臟六腑死生吉兇之法・然、寸口者,脈之大會,手太陰之脈動也。」への、理解となる。