2018-11/18 難経の脈、構造と解説-2 加藤秀郎 脈状が起こる生理的構造と難経の記載 動脈が自律拍動をしていると仮定して、その拍動は拡張時に血 管内を陰圧にして血液を流入させ、収縮して排出する。 この拍動は心臓の鼓動と合致しているが、拡張と収縮は逆になる。 血流は心臓の収縮時に吐出されて、拡張した動脈が受ける。血液は、 心臓からの吐出圧と動脈拡張時の吸入陰圧で、動脈内を流動する。 手首の橈骨動脈に置いた指先を通じて診たこの流動と拍動のさまが、 脈状というものの形状を構成する。 その形状をsin波グラフで形容して 後ほど脈状の様相を解説していく。脈状には多彩なバリエーションがあるが、それらの脈の形状を構成するにあたり、動脈 の拍動と心臓の鼓動の相和の状況が大きく関わる。例えば動脈が拡張した時に、その拡 張して行くスピードと容量に乗じた血液が、流入するとは限らない。 心臓の鼓動は自らのペースメーカー細胞により行われるが、時間あたりの拍数は自律神経 が変える。そしてその自律神経だが、動脈では拍動も拍数変化も行っている。 心臓も動脈も、自律神経経由でその拍数はシンクロしている。ところが拍数は同一であっ ても、各部所の動脈は必要に応じて拍動の振幅を変えて、血流量を確保する。つまり心 臓は一定であっても身体状況によって、体のあちこちで動脈の拍動の振幅は絶えず変化し ているのである。その状況対応が頻繁であれば、自律神経そのものや各所で司令を受け 止める受容体、中枢である脳幹が疲弊する。動脈は元々拍動までもが自律神経支配なた め、その脳幹の疲弊によって心臓と動脈の同調に、微妙なズレが生じる。 動脈の支配領域の組織に機能の 亢進があれば、振幅を大きくし て血液の流動量を増やす。 支配領域の組織があまり働かないようであれば、拍動の振幅は小さい。 他の機能が亢進した組織に血流を回すためであり、睡眠時では骨格筋の血流は減少し、内臓の動脈の振幅が大きくなる。 その上で橈骨動脈拍動部の場合、手首より先の掌や指は大きな運動変化が無く、同一環境 で安静にしていれば拍数変化が起こりにくい。それでいて挙上時には血流確保が必要なた め、振幅機能は大きい。この橈骨動脈の機能要素に様々なズレの違いが現れれば、脈状の 多彩なバリエーションを形成する、要素になりうると考えられる。 脈状が起こるであろうと予想されるメカニズム(心臓は一定であるとして) 1.動脈の振幅が大きく、対しての血液流量が足り無い場合 動脈の拍動は拡張も収縮も交感神経支配であるが、わずかながらの交感神経亢進がある場合に、振幅の大きい拍動となる。心臓は一拍動あたりの吐出量は定量であるため、動脈が拡がりすぎた場合は、相対的に血管内は血流が足りなくなる。 2.動脈の振幅が小さく、血液流量が多い場合 交感神経の低下時に、動脈は振幅の小さい拍動となる。 心臓からの血流は一定量であるが動脈の振幅が足りないため、急激に血管内は血液が満たされる。 3.動脈の振幅が早く、心臓の吐出が間に合わ無い場合 動脈壁にある交感神経の伝達を受け取る受容体が、過剰な伝達の受け取りをした場合に、動脈は急激に拡張し収縮する。心臓の一拍動あたり流速が動脈の振幅速度に間に合わないため、血液は流入途中から拡張が起こす陰圧に吸い込まれて加速するように流れ、早い収縮で急激に排出される。 4.動脈の振幅が遅く、血液の流入が早い場合 受容体の反応が落ちている動脈の拍動は拡張も収縮も遅くなる。血管が拡がりきらないうちに心臓の一拍動分の流量が流れ込み、心臓の吐出の影響を受けて、動脈の拍動の拡張が完了する。収縮も遅れるため収縮が完了する前に、次の心臓の吐出流量が血管内に来て、遅れる形で拡張が始まる。 この想定メカニズムは、心臓の鼓動によって吐出し た血流が動脈の拡張によって吸い寄せられ、収縮して排 出されたのちに静脈を通って心臓に戻るという、ループ 上での仮定となる。つまり全身の動脈に一様に起こると いう概論であるが、「脈状」となるためには手首の橈 骨動脈拍動部でなければならない理由がある。 手首の橈骨動脈周辺の構造 橈骨動脈は肘関節で上腕動脈から尺骨動脈と分流し、手関節手前で背側手根枝と浅掌枝に 分かれ、掌で再び吻合の形で尺骨動脈と合流する。同じ手首の動脈なら尺骨動脈でも脈状 の発祥は可能なようだが、橈骨動脈は橈骨の骨頭の幅が広いために表面に拍動が現れやす いことと、舟状骨で走行を阻まれ手関節手前で二つに分枝することが要因と考えられる。 大動脈弓から分枝した動脈は、胸中を貫けて肩から腕へと移ったときに筋型動脈となる。 自律拍動によって勢いを得た血流は、上腕動脈から橈骨と尺骨の動脈に分かれ指先に達す る。しかしその勢いを手関節が阻む形をとる。腕は体構造として手首で一度細くなり、掌 に入ったあたりでも手根骨の集まりが複雑な形状を示す。 特に橈骨側は親指の付け根が手関節付近にあり、親指の多彩な動作能をその根元から大き めの舟状骨が支える。その舟状骨が結果的に、掌と手の甲への血流を分割している。 このことから橈骨動脈拍動部は特徴的な構造を持つ。手関節の真上は浅掌枝の拍動であり、 橈骨茎状突起の前側の拍動は橈骨動脈が分枝する部分であり、そのすぐ肘関節寄りは橈骨 動脈のみの拍動となる。 そしてこの三ヶ所のそれぞれが「寸口」「関上」「尺中」の三点となる。 寸口部の脈は背側手根枝と分流した浅掌枝の拍動である。浅掌枝の血管は寸口点を過ぎた 先で、舟状骨と月状骨の間隙をくぐる。さらにその上には静脈や母指対立筋がかぶさる。 橈骨動脈の支流であり血流は減ったものの、骨や筋肉などの隙間を貫うことが締め付け抵 抗となって、拍動や血流への独自な状況を起こす環境となる。 関上部の脈は橈骨動脈が分枝する箇所である。血流が二つに分かれ、分岐の箇所が流動の抵抗となる。 尺中部の脈は橈骨動脈のみの拍動である。ただしその先の血流分岐や手関節周辺の抵抗を 間接的に受ける。 先ほどの「脈状が起こるであろう拍動と血流のメカニズム」が、こういった状況の中にあっ たとき、どのような動き観せるかが診察対象としての脈状を形成すると考えられる。 「脈状が起こるであろうと予想されるメカニズム」が手首の橈骨動脈であった場合、 血流分岐や手関節周辺の抵抗によって独特の脈動を観せる。以下はその時の各メカニ ズムの想定を記した。 1動脈の振幅が大きい場合
手首での橈骨動脈の振幅が大きい場合、まずは血管 が膨れて触診した指先にあたり始め、後から内部に 血液が届く状態となる。しかし特に寸口部において 浅掌枝の振幅は手根部によって制限される。 ただ手根部で受ける制限以上に脈動が強く振幅する場合、手関節上にあるはずの拍動が 掌側に移って、あまり中身の感じられない脈動となる。ただこの脈動は、寸関尺のどの ポイントであってもブカブカな手触りで、引き下がりの遅い脈となる。 2動脈の振幅が小さい場合 動脈が膨らみ始めた時から血液が内部を満たしてい るため、手触りの硬い脈となる。特に関上部での分 岐の抵抗を受けやすく、その部分が目立ってポコポ コと出っ張るように膨れる。 全体的には突き上がりの割には引き下がりが浅い。 3動脈の振幅が早い場合 血液の流入量と血管の容量は合っているため脈動と しては早くて柔らかいが、芯のある手触りとなる。 突き上がりも引き下がりも早く、脈が指に着いてい る時間が長い。 4動脈の振幅が遅い場合 血管が拡張し始めるとすぐに内部は血液の流入で満たされるため、遅れる形で拡張していく。また収縮も血液の流出にまかせて縮まり、流出した後もまだやや縮まるので収縮も遅い。 寸口部や関上部の抵抗を受ける上に血管の拡張も充分ではないため、血液が手首の 手前で一瞬溜まる。その時に尺中部に脈動が突き出す場合がある。 以上が橈骨動脈での脈動からの、脈状の推察である。これらを踏まえて古典を見て行きたいと思う。ただ脈状の形成を考えるにはこれだけでは不充分である。実際には指先と動脈の間には皮膚や皮下組織があるからで、これらが指先にどのように脈動を伝えたかで脈状が決まるのである。 古典記載との照合 二難は、橈骨動脈拍動部を寸口と言いながら尺寸という区別の意味が書かれている。 脈に尺寸の有るのはなぜか? 尺寸は脈の大要の会なり。関に従えして尺に至るは是れ尺の内にて陰の治る所なり。 関に従えして魚際に至るは是れ寸の内にて陽の治る所なり。故に寸を分けて尺を爲し, 尺を分けて寸を爲す。故に陰を得るは尺内の一寸,陽を得るは寸内の九分。尺寸の終 始,は一寸九分,故に曰く尺寸なり。 二難では一寸九分の範囲を寸と尺に分けて語る。この一寸九分 の中に「手首の橈骨動脈周辺の構造」が収まる。 関上から魚際までの九分を「寸内」とし、関上から尺中までの一寸を「尺内」としている。解剖学的には橈骨 動脈が分枝するポイントで区分される。そして寸内を陽、尺内を陰として、血流の向かう先がほど陽となる。 体が病んでも健康でも関上に動脈の分岐があり、その先は手関節の構造で血流抵抗となるのは変わらない。 その上での陰と陽であるが、二難の段階では陰陽を分けた以上のことは書かれていない。 三難は、二難であげた寸口脈の触圧上の範囲と、その陰陽状態。 脈に太過有り不及有り,陰陽の相乘有り,覆(ふく)有り溢(ぼつ)有り,関有り格有り,何か? 関の前は陽の動なり。脈を当に見るは九分にして浮。過は法を曰く太過、減は法を曰く不及。魚に遂上すれば溢を爲し外関内格を爲し、此れ陰 乘の脈なり。 関の後は陰の動にて,脈を当に見るは一寸にして沈。過は法を曰く太過、減は法を曰く不及。尺に遂入すれば覆を爲し,内關外格を爲し,此れ 陽乘の脈也。故に曰く覆溢,是れ其の真臟の脈,人は不病にして死すなり。 二難で示した関上で陰陽を分け、それぞれの脈状での過と滅から太過と不及とに分ける。 関の前を陽の動として九分とあるため、ここは寸内と同じである。そこは「浮」でありその浮が過ぎれば太 過、減れば不及である。この脈が魚際にまで至ると「溢」となる。この記載からすると浮という脈状がはっ きりしているかしていないかだけでなく、関上に近いほど不及、魚際に寄るほど太過ともとれる。 いずれにしろ「脈状が起こるであろうと予想されるメカニズム」が手首の橈骨動脈であった場合の1動脈の 振幅が大きい場合で、こう言った脈状が発生する可能性がある。 流入する血流より脈動の振幅が大きくなってしまう理由を、交感神経の過亢進と考えている。振幅が過大に なり動きに勢いのついた管に、陰圧と吐出で血液が流入する。その勢いを受けて魚際へと脈動が移行すると 浮の太過のさらに進んだ溢れとなる。こうなった時の魚際の脈動は、中身の薄いパイプがただポコポコと力 のないものとなる。それを「陰乗」と言ったのではないか。 関の後ろを陰の動として一寸とした尺内と見られる箇所の「沈」は、同じく過ぎれば太過、減れば不及であ る。この脈動がさらに尺の範囲の肘に寄った場合を「覆」という。尺内の同一点の沈の過減だけでなく、尺 内の肘に寄るほど太過となる。陰陽とせずに太過と不及とに分けたのは、陰がさらに進んでも陽がさらに進 んでも太過だからである。尺内の場合は2動脈の振幅が小さい場合が考えられる。交感神経の働きが足らず 脈動の振幅が小さいために沈んだ脈となる。橈骨動脈の拍動が小さくなれば、その先には分岐や抵抗箇所が あるために、拍動の位置は肘側へと下がる。それが「覆」となる。 ただ小さくなった振幅と抵抗箇所で血流が溜まるため、脈は張ったものとなる。それを「陽乗」と言ったの であろう。そして最後に「覆溢の脈は病でなくとも真臓の脈で人は死す」とある。交感神経が適切に働かな い上に、心臓からの血流が橈骨動脈内には減ったことが考えられる。 四難は、陰陽の細分と脈の展開
脈に有る陰陽の法とは何を謂うか? 呼出は心と肺,吸入は腎と肝,呼吸の間は脾なりて其の脈に在中す。浮は陽なりて沈は陰なり。故に曰く陰陽なり。 心肺はともに浮,何を以ってえ別つか? 浮にして大散は心なりて浮にして短渋は肺なり。 腎肝はともに沈、何を以って别つか? 牢にして長は肝なり,按にて濡、指を拳して実が来るは腎なり。脾は中州,故に其の脈は在中す。是れ陰陽の法なり。 脈に有るは一陰一陽,一陰二陽,一陰三陽、有るは一陽一陰,一陽二陰,一陽三陰。 如く此れの言うは寸口に六脈の動き俱に有るか? 此れ言うは六脈の動き俱に有らずや。謂うに浮、沈、長、短、滑、渋なり。 浮は陽なり,滑は陽なり,長は陽なり。沈は陰なり,短は陰なり,渋は陰なり。 所謂に一陰一陽は,謂うに脈が来るは沈にして滑なり,
一陰二陽は謂うに脈が来るは沈滑にして長なり,
一陰三陽は,謂うに脈が来るは浮滑にして長,時一沈なり。
所謂に一陽一陰は,謂うに脈が来るは浮にして渋なり。
一陽二陰は,謂うに脈が来るは長にして沈渋なり。 一陽三陰は,謂うに脈が来るは沈渋にして短,時一浮なり。各に以って其の経の所在、名に病の順逆なり。 二難と三難は脈の陰陽だが、四難は脈からの情報を人間が認識で陰陽分別をして整理、分別、展開をする内容。 二難三難の連なりから考えると、関前の寸内の浮が脈の陽で有り、そこから人間の考えた医学展開から心と肺 を配当し、この場合の陽を外へ向かうと定義して呼吸の呼出に分別し、さらに心は大散、肺は短渋とした。 関後の尺内の沈は脈の陰で、そこに腎と肝を配当し、中へ向かうと陰と定義して呼吸の吸入と分別し、さらに肺 は牢長、腎は按じて濡、指を挙げれば来ること実とした。 脾は脈の中にあるとした。 脈にあるものとして一陰には、つまり関後の尺内の沈には、一陽二陽三陽が組み合わされるとある。 また、一陽では関前の寸内の浮というわけだけではないが、一陰二陰三陰の組み合わせがある。 三陰と三陽で最大六つの脈が組み合わさるが、「非有六脉倶動也」つまり六つ同時には現れない。 また前半に出てきた大や散、牢や濡や実が出てこない。 その六つは「浮、沈、長、短、滑、渋」であり、陽は浮,滑,長。陰は沈,短,渋。 一陰のうちの一陽は沈-滑、二陽は沈-滑と長、三陽も沈-滑と長だが、一時一陰の沈が浮になる。 一陽のうちの一陰は浮-渋、二陰は長-沈渋、三陰は沈と渋と短で一時に浮。 そして最後の謎の言葉「各に以って其の経の所在、名に病の順逆なり」と続く。 手首の構造から関より先は流動抵抗が大きく、動脈は分岐して細くなり、茎状突起から舟状骨にかけては骨の 出っ張りによって皮膚までが浅く、動脈自体が浮いた位置にある。そのことから自然な状態で寸の部は脈が浮 き、相対的に尺部では沈む。さらに交感神経が亢進すれば寸の脈はより浮き、抑制されれば尺の脈はより沈む。 自然な状態での脈の中で、寸の中には大散、短渋が有り、尺の中には牢長、濡や実がある。 交感神経のわずかな伝達の違いや受容体の受け止めのズレが、動脈の拍動の大きさやタイミングを変えて、心臓 からの流動との歩調が変わる。 「脈状が起こるであろうと予想されるメカニズム」が手首の橈骨動脈であった場合のパターンは、組み合わさる ことでより様々な脈状パターンを形成する。体の状態悪化があった時に、後半の六脈となる。 特にその悪化が進んだ場合、心臓からの血流が橈骨動脈において減少が見られれば、関から先の血管内の流動 は自然な状態ではなくなり、本来の浮が保てなくなると考えられる。 これらは脈が発した情報をもとに、人間側が判断した内容である。自律神経によって表現された病の進行を、人 間が観察し言葉を添えて論理形成し、書物の一部となった。