NASA無重力状態の夢 

                         

   人類が宇宙へ行き、地上で得られない物質を考え、それを利用し日常生活が向上することは決して悪いことではありません。見られない星を観察することも未知への探究として当然起こりえることでしょう。 宇宙医学もまた然りです。しかしここに”なぜ人間は宇宙を目指すのか?”という明確な答えはまだ存在しません。より多くの知識を豊富に獲得するためならばそれを得るために払う犠牲もまた多くなるはずでしょう。逆に科学技術の発達は環境問題悪化などにより失った知識の量もまた計り知れないものでしょう。宇宙を目指す人間の衝動は明確な答えがないまま約半世紀が経過しようとしています。そろそろその答えを人類は待望しているに違いありません。そこで一つの提言ですが、答えとして宇宙へ行くと人間の脳が視覚的な変化により更に発達する可能性がある事が挙げられます。つまり宇宙に行くと平面的な意識から3次元的な意識への拡大を期待することが出来るということです。これからその話しをしましょう。その前に皆さんが考えている宇宙はどのような宇宙なのでしょうか?宇宙は一言では言い表せませんが、不思議な世界に満ちあふれています。特に無重力状態はもっともインパクトのある宇宙の神秘ではないでしょうか。宇宙空間では天秤は使えません。更にもう一つ、上下がない世界でもあります。コインが裏となるか表となるかは重力が決めていたことで、長い間、地上の生物は絶対的な力として重力の影響を受けてまいりました。 
 人類にとってもそれは立つ事から始まり、物を動かし、作り、経済、哲学、宗教、道徳と発展させた中で常に存在していたもの、つまり重力であった訳です。生まれたときから常に重力の場ですから何をいまさらですが、宇宙時代に入り、ようやく無重力状態が身近となり、この分野の研究も進んでまいりました。 無重力を浮遊感として考えるますと。スピード感は三半器官の角度によっては浮遊感を覚えるであろうし、高いジャンプの後に一瞬の浮遊感があります。バスケットなどはそれもさる事ながら自分の投げたボールに視覚的浮遊感(airですか)を覚えます。更にゴルフのボールもまた3次元の空間を自分のものにできるのコントロールの快感を覚えます。つまり意識空間の広がりです。スキー、パラグライダー、スカイダイビング、シーダイビングなど説明する必要もありません。バンジージャンプ、フリーフォール、ジェットコースターなどなど人はこの感覚を必要に追い求めます。スポーツの種類によっては単に体を動かす爽快さのみならず、こうした浮遊感における快楽も共有していると考えられます。重力に体する飽くなき挑戦とその報酬です。 さて無重力状態の意識と浮遊感の話しをしましたが、なぜ危険を犯してまでそこに行かなければならないのか。多分、何かがあると思うからこそ目指すのでしょう。次はその部分に焦点を当てて考えて見たいと思います。初めて耳にする話しで驚かれると思いますが、そこには脳のある部分を確実に開放系に向かわせる何かがあることも先に申し上げておきます。
  まず、宇宙へ行くと重力というこの偉大な力は存在しません。無重力に近い海に目を向けてみましょう。イルカはこうした無重力に近い3次元に生きています。数百メートルの立方体が自分の行動できる範囲です。たぶん彼等は重力を感じてはいるでしょうが先ほどの浮遊感に近い状態で生活していると考える事ができます。つまり意識の空間が広いと考えることもできます。物を見るとき様々な方向から見ることができます。視覚的にも敏感になり、3次元で物を見る目が人間以上に発達しているものと考えられます。この脳の発達により物を瞬時に捕え、対処する方法にも拡がりを見せるでしょう。建物は3次元ですよと言う人がいます。そのとうり建物はね。でも人間の脳の中は、、、、?
 人間は宇宙に行くと宇宙酔いという症状に出くわします。そもそもは地上における動揺病の一つの型であろうと考えられていましたが、様々な重力負荷を含むきびしい対動揺病訓練を経験している戦闘機のベテランパイロットが真っ先に酔ってしまったと言う話を耳にします。つまり、地上すなわち重力の場における車酔いの原因である動揺病では説明できないわけであります。最近の研究からこの宇宙酔いの原因は視覚から入る情報と地上での生活から獲得した記憶にもとずく情報、それにまた他の感覚器系から入ってくる情報との間に混乱が生じる情報混乱説が有力です。
 視覚にもとずく方向覚の事だけを考えてみても、例えば地上では、たいてい人と話をする時には相手の目を見て、ないしはその高さで向き合ってすることが普通です。当然、頭は上にあります。しかし宇宙ではどうでしょうか。こうもりのように天井から人間がぶる下がっています。しかも相手の頭の上が天井なのか、自分の頭の上のほうが天井なのかの判断がすぐにつきません。突発的におかしいと感じた瞬間に嘔吐する事、これが宇宙酔いのひとつの特徴でもあります。このように人間の脳の中ではこの瞬間、情報の混乱が起こっていると考えられるのです。以上から地上の建物は3次元であることは事実ですが、人間の意識は特別の場合を除いて本当は限りなく2次元的な意識なのではないかと考えられます。なぜならば、もし人間が3次元的な物の考え方、感じ方を地上で獲得していたならば宇宙酔いは存在しないはずだからです。これはたいへんなことで人間の脳は少しずつ物の見方が変化し、更に発達する可能性を秘めているということです。もちろん、だからといって急激に人間の脳が変化するはずもなく、あくまでもその速度は何百年、何千年、何万年単位かわかりませんが、時間はかなりかかるのでしょう。ただ少し飛躍的な想像を許していただけるならば、人間の脳がより確実に3次元の意識に近づくこと、つまりは意識の拡大をはかることは物を様々な方向から考えることにもなりましょう。応用としてはこの意識を持って地上での様々な出来事をもう一度見直すことができるならば、無駄な部分、衝突する部分を踏まえて、いまある社会システムをより改善することができると考えられます。物理的に考えても2次元より3次元のほうが個はぶつからなくてすむし、考えの中にこの意識を持つことにより更に問題解決の糸口が見つかる場合もあると示唆されます。
 さて、具体的な数字を挙げて少しは現実の世界に近づく様に説明しますと。まず宇宙までの時間ですが、現在のスペースシャトルならば地上から無重力状態へ到達するのにたったの8分間です。さらに、宇宙飛行士はかなり優秀な人間の集団です。その約7割に宇宙酔いが起こります。同じ人間なのだから起こるのもあたりまえですが、かなりの訓練を積んでいる人間がこの数字です。
 どうです少し酔ったような気分になりませんか?もしそうならばしめたもの、あなたは既にweightlessnian(無重力状態の意識を持ちつつある人間)です。 
 もう一つ興味深い事として無重力状態の意識は既に脳の中に存在していたのかどうかという問題があります。 ここで最近人気のあるバンジージャンプで考えますと、これはある種族の少年から成人に移行する際の儀式の一つでありました。落ちて運が悪ければ死んでしまうかもしれないこの儀式は勇気を試す絶好の方法であったに違いありません。ではなぜ飛び降りる必要性があるのか、この死と再生の疑似体験はつまり今ある現実から別の次元への旅立ちを約束するに足りる衝撃を与える事が出来たと解釈できます。このバンジージャンプの降下時、体を支える筋肉、内臓、脳は重力の束縛から解き放たれます。つまり、この瞬間落下する人間の体は地球から独立した一つの個体として存在します。地球と自分の間に個と個の関係が生じます。天体と天体、星と個の様な関係です。つまりすべての重力的な支配から独立することは個としての自覚を確信することになりましょう。つまり現実の限りなく二次元的な見方から一瞬ではあるけれど三次元への飛躍ということにつながるわけであります。これにより縦方向に伸びる意識空間が無限大に拡大してくるわけで地上では得られない新しい感覚を確信するに至りさらには物事を三次元的に捕えることが可能になることでもあります。未開の部族においては地球が無重力の宇宙に漂う事実などしる由もなかったことであろうし、いままで肉体を支えてきた重力により培われてきたアイデンティーの喪失を感じたことでしょう。又それと同時にはじめて地球に従属しない個としての自覚をも迫られたはずです。
 三次元の意識とは意識空間の拡大をはかるのみでなく、物の表裏を正面から見据える覚悟をも迫るものであり、陰の部分との決別であるかもしれません。三次元の意識とは自己精神の発達に欠かせない陰の部分との戦いに勝つための無意識の扉として地上の生物にとって存在していたものではないしょうか?つまり無重力状態の意識は無意識の中にその扉を開けており、飛んだり跳ねたりする一瞬の浮遊感の中に意識の拡大を確信させる強い元型として存在しているのではないかと考えられるのです。意識の拡大が今後の研究課題であり、人の意識の根本を探る作業になることでしょう。さて、さて脳がかなりのゆさぶられたのでそろそろクールダウンをしましょう。飛ばしたあとにはちゃんと地上に返らなくては行けませんからね。ここではユングの言葉を少し借りますと<、、、まだ知られていないが、しかるべき状況の下では意識の方向を実質的に豊かにするかもしれないようなものは原則として判断の基盤とされることはない。いかに判断が合理的で多面的な偏見のないものであろうと同じことである。つまり無意識内容が意識に上がることができない限りそうしたものは判断の基盤にならないのである。したがってわれわれにとって非合理的と見えるものはまさにその非合理的な性格ゆえに排除されてしまう。、、、>ただ彼はこうも言っているのです。<、、、なるほどそれは事実非合理的なものかもしれないが、なかにはそう見えるだけで、深いところではけっしてそうでない場合だってありえるのです。>と宇宙時代とはなかなかに面白い時代であります。
さらにユングは”人間はその人生に意味を与え世界の中に自分自身の位置づけを見い出せるような普遍的な観念や確信を明らかに必要としている。それらに意味があると確信すると人間は信じ難い堅固さ確立することが出来る。またこれらは現実の限られた存在をはるかに超える見通しを得るものであり、それらは更に彼等の人格の発展のためにひろいspaceを与え、全生涯を完全な人間として生きる事を可能にする。”と言っています。この話しは宗教でも哲学でもありません。新しい視点から人間を観察し、純粋な科学の事実をもとに想像した話しであります。この話しを読み多少でも気持ちが軽くなり、面白いと感じていただければ、その時あなたの気持ちの中に現実だけに束縛されない自己を見つける準備ができ上がりつつあると考えてよいのではないでしょうか。
以上



 経験とは不思議なもので、研修医をしていた時にふとしたことから宇宙医学に興味を持ち、研究を通じてそれ以来、意識も体も長い旅に出発しました。このような機会を与えて下さった方々に心から感謝するものであります。
 特に日本大学次期総長である瀬在幸安 医学部長、
   日本大学医学部衛生学教室の谷島一嘉 教授、宮本晃 助教授、
   日本大学総合科学研究所の五十嵐真 教授、
   日本宇宙開発事業団の関口千春先生、
   向井千秋 宇宙飛行士、若田光一 宇宙飛行士
   NASA JSC所長であったのDr.Huntoon女史
   NASA JSC CVlab.HeadのJanice女史、またLab.の方々に心から感謝の意を表します。
 
 小さい頃、傘を持って屋根から飛び降りたことがあります。 傘の骨は見事に折れましたが、それなりの手応えを得、自己満足に浸っていました。 こうした経験はバカげていますが、この一瞬の満足感こそ何者にも代え難い自己発見のエネルギーになることを改めて感じました。    
それではまた。

                           中里 龍生

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 楽しみに待っております。

e-mail : nakazato@mail.wind.co.jp



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