2014-4-20 基礎実技と臨床応用のギャップ 加藤秀郎

初心者指導用の基礎実技


尺膚診
まず尺膚診で、前腕前側の各部の皮膚の手触りで病症部を診察する
筋は木、浮き出て堅ければ「肝」
肌肉は土、締まりすぎて堅かったり緩すぎたりは「脾」
皮膚は金、ザラザラやカサカサやユルユルは「肺」
尺膚診で「肝」か「脾」か「肺」の、どれであるかの見当をおおよそつける。

脈診

左手−肝・腎
右手−肺・脾

左手の橈骨動脈拍動部の掌側が寸口。
その指一つ肘寄りが関上で「肝」
さらにもうひとつ肘寄りが「腎」
右手は寸口が「肺」
尺中が「脾」

尺膚診と脈診を合致させて病証を限定する

尺膚診で筋の堅さが見受けられ、脈診で左手の橈骨動脈拍動部の関上かもしくは左右差で左の脈が強く感じられるようなら、この病体の病は「肝」にあると考える。

証をたてる
季節と使わない経 代用
土用
本治法 標治法
肝の証 肝経 亜門
脾の証 脾経 脊中
肺の証 肺経 大椎
腎の証 腎経 陽関
尺膚診と脈診の合致がたとえば
“脾”であるならその対にある「腎」を、
“肝”であるなら「肺」を

使用経絡にします。

ただし使用経絡としたものが、
季節で使わない場合があります。
そうして経が選ばれた事を
「証(あかし)」といいます。
肝の証では
本治は肝経を標治は亜門

を使います。

初級者実技に用いる指導内容は、主に触診の鍛錬と五行概念の構築を目的としています。
また尺膚や脈からの病証推察がそのまま治療箇所とならないのは、生体状況の複雑さを初級者の段階から認識していく必要があるからです。
生体状況の複雑さとはどういうことかというと、症状が病気ではないということです。
つまり何か症状があるから病気なんだと捕らえて、その症状の軽減を目的とするのではなく、
どのような条件があったためその症状を起こしうる病に至ったのか?
またその病に至る要因は、どのような肉体的状況だったのか?
その肉体を取り巻く外部環境はどうだったのか?
と、いった考え方で分析しなければなりません。こういった生活環境や自然との対峙まで見据えて病体を考える事を、全人治療といいます。東洋医学はこの全人治療を目的に発展しました。
つまり症状に惑わされ、局所治療や阿是穴、特効穴といった便法的な対処療法に頼らない認識を基本としています。
初級者の段階から文京鍼研究会では、腰痛にはこの方法とか喘息にはこのツボなどという指導をしません。
当会で初心者用の基礎実技としているこの方法は「手」と「理論」の育成を目指した「儀式」といえます。
施術相手がどのような症状であろうと、どんなにがんばっても症状が軽減しなかろうと、まずはこの「儀式」を施し続けてください。そしてうまくいかないときに悩んでほしいのは“身体”です。
この場合の“身体”とは、施術者自身の肉体の使い方(所作)です。初級者で治療が上手にいかないのも効果が在ったり無かったりするのも「手の悪さ」が原因です。この「手の悪さ」を起こすのは“所作の不安定”にあります。“所作の不安定”は「姿勢の不的確」さから、さらにそれは“身体軸のブレ”によるものです。治療はうまくいかなければまずは最後のページの「施術姿勢」を参考に、この“身体軸のブレ”を修正して「良い手」で触診や治療を施せるようにしてください。

さて当会の特徴の一つとして、脈診以外の切診(触診)で尺膚診も用いています。
尺膚診は史記の卷百五・扁鵲倉公列傳第四十五に
「其の脉を切(接)し其の尺に循(したが)う」
また黄帝内経には素問ですと平人氣象論篇第十八に
「尺と脈が緩渋は解倦(異常な疲労)、尺が渋で脈滑は多汗 、尺が寒で脈が細は後泄(下痢)、脈も尺も(粗い感じ)で常に熱は熱中」
通評虚實論篇第二十八は
「寸脈は急で尺は緩なりて。脈口が熱にて尺が寒。尺が熱で滿、脈口が寒。脈氣の上で虚し尺も虚、是れ重虚。尺の虚は歩行が惶(落ち着かない)。脈が虚は不象して陰」
霊枢では邪気臓腑病形篇 に
脈が急は尺の皮膚も急。
脈が緩は尺の皮膚も緩。
脈が小は尺の皮膚も減して少氣。
脈が大は尺の皮膚も起してふくれる。
脈が滑は尺の皮膚も滑。
脈が渋は尺の皮膚も渋。
また、論疾診尺第七十四では、
尺の膚が滑、其の卓の澤は風なり。
尺の肉が弱は、解(人亦;だるい?), 安じて臥しても肉が脱するは不治。
尺の膚が滑で澤脂(油のようにつややか)は風なり。
尺の膚が渋は風痺なり。
尺の膚が粗く干物の鱗の如くは飲んだ水が溢れる。
尺の膚の熱が甚しく脈が盛躁は病が温。其の脈が盛にして滑は病が出ずるとき。
尺の膚が寒、其の脈が小は下痢にて氣が少い。
尺の膚が炬然(燃えるよう)で先に熱で後に寒は寒熱なり。
尺の膚が先に寒で久しくして熱が大するは寒熱なり。
邪客第七十一では
「其の尺を持って其の肉の堅脆を察し、大小滑渋、寒温燥湿、目で五色を視ることで五藏を知り死生を決素」
この尺膚診に五主を用いたのは、素問の宣明五氣篇第二十三
「五藏の主る所、心は脈を主り、肺は皮を主り、肝は筋を主り、脾は肉を主り、腎は骨を主り、是れに謂う五主」
霊枢の九鍼論第七十八の
「五主、心は脈を主り、肺は皮を主り、肝は筋を主り、脾は肌を主り、腎は骨を主る」

脈診はあえて比較脈診としています。
しかし左右差や六部定位といった脈診法は「脈経」以降のもので、当会では正式とはしていません。
まずは脈診を覚える入門編として、左右差と六部定位の脈診を行わせています。本来は脈状診で、脈の手触りそのものが診察対象です。脈状診ができるように、手を作っていくことを目標にしてください。

実は「基礎実技と臨床応用のギャップ」とは、
初級者が比較脈診から入らなければならないことにあります。

この初級者用の基礎実技は健康な人を対象に、実技の練習をしていくためのものです。
それでも養成校での実習内容よりも治療成果が上がるため、そのまま実務活動として現場で使っている場合があります。しかし比較脈診という行為も五行で分けて証を立てる方法も、儀式というほかありません。治療法を導き出すプロセスに、一つも医学が入っていないのです。
ですからこの基礎実技を覚え臨床現場にたってみると、しばらくは何かしらの治療成果が上がるのですが、必ず行き詰まることになります。
例えば我々の医療への世の中の期待は、千差万別です。単に腰痛肩こりだけではなく、体質改善や精神疾患、婦人科系や終末医療の補助にまで及びます。いわば一人総合病院なのですが、一人の人間を総合病院にまで機能させる治療とは、その治療を支える理論と信頼を得るための医療哲学が必要です。それらが揃って初めて、現場での臨床応用となります。
ですから比較脈診は、単に証を立てるための便法にすぎません。便法で導き出した証のため治療の汎用性に乏しく、結果的に臨床応用とのギャップが生じます。そのうえこの証は、単に五行で分けてみただけのモノです。その分けた内容を五行論で医療的な展開はできますが、それもこじつけや儀式の範囲を超えません。なぜなら「あー、そう考える世界なのか」と、鵜呑みにするしかないような話だからです。
当会としてはこの基礎実技を初級者用として指導しますが、それでも短期間にはマスターできません。
基礎実技の時から手を作っていかなければ、ならないからです。手を作るというのはただ方法を覚えたり、話を聞いたり本を読んで何かを知っただけでは身に付きません。姿勢から築かなければ、手は作れないからです。手というのは、触診から情報を得たり治療穴を探して鍼をします。その一連の動作で「術者の手と患者の皮膚との接触にストレスを起こさせない」が、本来の技術の基本となります。その技術の基本を支えるのが姿勢です。
その姿勢を身につけるのに、どうしても時間がかかるのです。生活の大部分の時間の中で、姿勢を気にし続ける事になります。
手を作るのになぜそこまで姿勢が必要なのかというと、手を肉体の一部から感覚的に切り離して、道具へと変えなければならないからです。
患者の体にかかる術者の手の重さは、極力“0”が理想です。患者にはストレスを与えず術者にとっては道具とするには、手の重さを“0”にしなければならないからです。しかし力で手を浮かせての“0”は、患者にとって不愉快な手になります。術者は腕を自身の体に預け、肩から指先まで脱力した状態にします。その時に立位する以上の力は使いません。それが「施術姿勢」です。
施術姿勢が土台となって感覚的に肉体とは切り離された手で情報を収集し治療を進められれば、自ずと成果が観られるようになります。

押し手 刺し手
押し手は脱力して軽く指を閉じ、親指の先端外側が人差し指の先端と同一面を成すように置く。一差し指の先端を治療部位に置いた時に、人差し指の先端と治療部位と親指の先端外側が三角形を成す。その三角形の中点が施術点となる、
刺し手は脱力して軽く指を閉じ、親指の先端外側が人差し指の第一関節の側面に乗せる。鍼は親指と人差し指の間に入れ、親指を乗せた重さだけで押さえる。

施術姿勢
どのような分野でも、基本と定めるには目的とその理由があります。
鍼治療の技術の基本は、まず目的として針先に負荷をかけないということです。その理由は生体に治療ストレスを与えないためです。ストレスは過度の生理反応を起こさせ、適切な治療成果が得られません。
それは触診でも同じです。術者と患者の接触面の負荷を極力減らして、触診精度を上げ患者にストレスをかけないようにします。

立位での治療姿勢

脚は肩幅に開きます

このとき足の向きは平行です

重心は両足の親指の付け根に集めます。
そのためには親指をすこし上に反らせます
重心を親指の付け根において前倒しになった分、背筋を少し後ろに反らせてバランスをとります。そのときに顎を軽く引きます。
腕は自然に垂らし、腕の前側が脇の正中より前に出ないようにします。

膝は力を抜いて、落とすような感じで曲げます。

左右の腸骨稜に同側の前腕を乗せて、上前腸骨棘に引っかけるようにして姿勢全体を安定させます。

必要最小限の力で立位姿勢を維持することが大切です。触診時も治療施術時も、手や鍼に意識をおいてはいけません。頭から切り離した感覚で、意志による動作ではなく情報のやりとりを行う道具として、施術を進めます。
治療姿勢を崩さずに施術を進めるためには、背筋を曲げたり捻ったりしてはいけません。施術中には身体動作が起こりますが、一つの関節の運動量を極力減らし多関節による小運動量での体重移動を利用した動きが理想です。