院内報一面紹介(抜粋)



木暮正美



健康とは?〜その4〜

 少し前になりますが、機会があって少し話す事がありました。50人位の人だったと思いますが、話のテーマは自分で選んで良いとのことだったので、今の私の一番の関心事である「健康」を選ばせていただきました。
 話をする前に「自分が健康であると思う人は手を挙げてください」と聞いてみたのですが、驚いたことにたった二人の方だけが手を挙げました。50人のうち、たった二人でした。
これほど皆さんの中で、自分の健康に自信を持っている人が少ないということがどんな
意味を持つのか、真剣に考えなければと改めて思いました。
 さて、そろそろ健康アプローチへ話題を移しましょう。先の高橋先生は「心地よさ」あるいは「軽さ」を感じることが健康への道だと書いています。この「軽さ」の一つの例として、風邪をひいてそれが治る時の軽さをあげています。
 一般的な風邪の症状として喉が痛くなり、鼻水がでてきて、熱はあったりなかったりですが、なんとなく体全体が重く、体を動かすことがつらく感じるなど色々な症状があります。
 ただ、それも時間が経つにつれ少しずつ症状がなくなり、喉の痛みがとれ、鼻水がとまり、ふと気付くと重かった体が以前のように、そう重くなく動かせる。「風邪が治ったかな」と感じさせる時がきます。何となく治ってしまうのではこの感じを認識することが出来ないのです。
 この軽さが健康であることの一つの証ではないでしょうか。それは風邪が治る時、自分の体が自分の思うように動いてくれる状態へと移行していく感じです。自分で自分をコントロールできていると感じる満足感ではないでしょうか。
 もう少し軽さの話をしましょう。先ほど紹介した本の中で、「健康にはランクがある」ということがあります。私たちは一生のうちに風邪を含めて何度か病気を経験します。従って病気と健康の違いは体験的に理解できます。しかし、健康の中にもランクがあるとは普通は思っていません。まずは、この健康の中のランクに気付く事が始まりだと思います。
 たとえば、いつになくぐっすり眠れた朝、いつもより便通がすっきりとして、朝ご飯がおいしかった。いつもの忙しい朝の時間帯にまぎれてはっきりと自覚できないままに過ごしてしまったが、机に向かってしばらくしたときに、いつもより仕事に集中できている事に気付く。年に数えるほどかもしれませんが、こんな経験はありませんか。それがいつもと違う健康のランクなのです。
 このことに気付かずに見過ごしてしまえば、また、いつもと同じ自分に戻ってしまい、いつの間にかそんな健康のランクがあったことすら忘れてしまいます。大切なのは、この健康のランクの違いに心を向けることです。そして、出来ればその健康のランクを上げた理由を見つけることです。自分の日常的な健康のレベルの変動を自覚的に経験し、どんな条件の下で健康のレベルが上がり、どんな条件の下で、それが下降するのか、これを知ることによって、私たちは自分の健康を高めていくことが出来るようになるのです。
 いかにしたら、健康レベル、健康ランクが高まっていくのか、それは個人によって健康レベルが異なるように、同じものではありません。しかし、人間として共通の肉体を持っているのですから、何か普遍的な方法もあるはずです。個人の経験が重なり、その共通の法則が抽出されて普遍養生法化し蓄積されたものが、世に伝わる「養生法」と言われるものでしょう。
 しかし、残念ながら現代を生き延びる養生法は知る限り手元にはありません。現代に通する養生法が待ち望まれますが、これだけ人々の欲望が多様化している時代において、共通の養生法を見いだすのは至難の技だと思います。普遍的なものがないということが、現在これだけ健康産業と称するものが巷にあふれている原因なのかもしれません。


1997年 12月発行

(次号につづく)(前号を参照する)