表紙あらすじで読む文学作品1Q84


  1Q84 村上春樹 

天吾と青豆は小学校時代の同級生で、互いに惹かれあったが、互いに何も話すことなく離ればなれになっていた。
それぞれが大人になって、スモールピープルが世界支配をたくらむのを阻止する役割を担う。

青豆
タクシーのラジオから「ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」」が流れる。
青豆にはそれがわかった。祖父は福島県出身。本名。
トヨタのクラウン・ロイヤルサルーン。渋滞。首都高速から非常階段で下りる。
「ものごとは見かけと違う」普通でないことをすると、そのあとの日常が違って見える。だが、現実はつねに一つ。
青豆はホテルで一人の男を何の痕跡も残さず殺した。
その後、見知らぬ禿頭の男とセックスする。
麻布の柳屋敷。七十代半ばの女主人。株で財を成す。
家庭内暴力の夫を心臓麻痺ということにして人知れず殺す。正しいことをしたと女主人は言う。
青豆は二年前の事件を追う。警察が拳銃を変えるきっかけとなった事件を。
山梨山中で過激派と銃撃戦。警官三人死亡。この事件を青豆は知らない。
世界が変わったのか。パラレルワールド。その変わった時点を1Q84と名づけた。
体育大学卒業後、スポーツドリンクと健康食品製造会社に勤め、女子ソフト部の中心として活躍。大塚環の死後退社。スポーツクラブに入社。護身術を教えた。その中に柳屋敷の女主人がいた。「無力感は人を損なう」という信念が気に入ったのだ。
環の自殺は夫のDVだった。青豆は夫に制裁を加え、祈りを唱えた。「証人会」の祈りだった。青豆にとって肉体こそが聖なる神殿だった。殺人の報酬は銀行の貸金庫に放っておいた。正しいことをしたとしても無償の行為であってはならないというのだ。
警官のあゆみと組んで男たちとセックスした。以後、あゆみと親しくなる。
青豆は小学校の時、天吾にやさしくしてもらい、この世で唯一人好きな人として思っている。いつか偶然の出会いを待っていると言った。あゆみが泊まった日、ベランダで見た月は二つあった。
人間は遺伝子の乗り物に過ぎないのに、人間は善悪を考えずにおれないところに矛盾があると女主人は言った。青豆は女主人と秘密を分かち合い、正しい偏見を共有した。
DVの避難所としてセーフハウスに預けられた少女は十歳。子宮が破壊されていた。少女はリトルピープルと言った。少女つばさは「さきがけ」のリーダーにレイプされたのだ。
p443彼女にわかっているのは、今となってはもう他に人生の選びようがないということくらいだ。何はともあれ、私はこの人生を生きていくしかない。返品して新しいものに取り替えるわけにもいかない。それがどんなに奇妙なものであれ、いびつなものであれ、それが私という乗り物のあり方なのだ。
リトルピープルはつばさの眠っている口から出てきてふわふわした物体を紡いだ。
青豆は図書館で事件を調べた。「あけぼの」は宗教の大学院だという。個々の覚醒をもとに流動的な教義をつくっていくのだという。青豆は警官のあゆみに「あけぼの」について調べてもらう。東京にも土地を買っているという。子どもたちは無気力、無感動になり学校に来なくなる。
あゆみは小さい頃兄と叔父に性的行為を受けたトラウマがある。男はそれを忘れることができる。世界はひとつの記憶とその反対側の記憶との果てしない闘いだ。
女主人の家のドイツシェパードが何ものかに殺された。内蔵破裂だ。翌日、つばさは失踪した。リーダーの犯した少女は四人。一人目は実の娘だった。
青豆はタマルに拳銃を頼んだ。自殺用の。タマルの両親は樺太で終戦を迎えた朝鮮人だった。日本へは戻れなかった。一人だけ北海道に逃れ、田丸健一という名を与えられた。
「あけぼの」のリーダーは体に問題をかかえていて、インストラクターの青豆と都内で会う段取り。
中野あゆみはホテルで殺された。
一匹のねずみが菜食主義の猫と出合う。ねずみは助かったと思ったが、猫はねずみをくわえる。菜食と交換するためだ。
ホテルオークラでリーダーと会う。ガードは素人で、ポーチの中まで確認しなかった。「我々は小さな宗教団体です。しかし強い心と長い腕を持っています」
大きな男。強い光に耐えられない網膜。月に一回筋肉が硬直して動けなくなる。麻痺状態の間性器は勃起したままで、十代の女三人が性交を求める。特別な深い痛みが特別な深い恩寵を与えてくれるという。青豆はリーダーの体の筋肉をほぐす。「世間のたいがいの人は、実証可能な真実など求めてはいない。真実というのはおおかたの場合、あなたが言ったように、強い痛みを伴うものだ。そしてほとんどの人間は痛みを伴った真実なんぞ求めてはいない。人々が必要としているのは、自分の存在を少しでも意味深く感じさせてくれるような、美しく心地よいお話しなんだ。だからこそ宗教が成立する。」とリーダーは言う。
非力で矮小な肉体と、翳りのない絶対的な愛。これがあれば宗教は必要でない。
青豆はリーダーにとどめを刺すことができなかった。全て読まれていた。リーダーは意のままに人の筋肉を止めることができるのだ。「金枝篇」に出てくる王は〈声を聴くもの〉であり、任期が終われば殺された。「この世には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない」「重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。均衡そのものが善なのだ。リーダーは自分を殺してもらうのと引き替えに天吾の命を助けようという。青豆は天吾の名前を心から一歩も外に出していないのに知っていた。
心から一歩も外に出ないものごとなんて、この世界には存在しないんだ。
線路のポイントが切り替えられ、世界は1Q84になった。それを知るものは少ない。リトルピープルが力を発揮すればするほど、反リトルピープルの力も増大する。
リーダーの娘がリトルピープルをつれてきた。娘がパシヴァ(知覚するもの)であり、p278リーダーがレシヴァ(受け入れるもの)となり、観念として交わった。その娘がふかえりであった。そして天吾と組んでリトルピープルに対抗する抗体をつくった。娘は自分の生きた影であるドウタを捨てた。
青豆は天吾を守るためにリーダーを殺すことを引き受ける。だが、それは青豆の死を意味する。「愛がなければ、すべてはただの安物芝居にすぎない」からだ。
タマルはサヴァン症候群で鼠ばかり掘る少女を思い出す。「言葉ではうまく説明できないが意味をもつ風景。俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きているという節がある。」タマルの言葉。
青豆は「空気さなぎ」を読んだ。死んだ山羊の口からリトルピープルが出てきた。空気の中から糸を取りだしてそれですみかを作っていく。ドウタが目覚めたとき、空の月が二つになる。二つの月が心の影を映す。物語は少女が通路の扉を開けようとするところで象徴的に終わっている。青豆は天吾がつくった物語の王国の中にいることを誇らしく思った。
青豆は金魚の代わりに買ったゴムの木が気になって仕方がなかった。
窓から天吾が同じ月を見ているのを見つける。公園に降りていった時にはすでに天吾は消えていた。
青豆は再び高速道の非常階段を下りてみようとした。が、そこには階段はなかった。そこで青豆は銃を口にくわえて引き金を弾いた。


天吾 川奈天吾 予備校の数学講師。小説家志望。
最初の記憶は一歳半のとき。母が父親でない男に乳首を吸わせている。新宿の喫茶店。突然発作のように甦る記憶。文芸作品の選考について話していた。
新人賞応募作「空気さなぎ」ふかえり(深田絵里子)作。読み切れない何かがある。
小松は四十五歳。雑誌編集者。天吾の才能を買っている。天吾は小松の下働きとして新人賞の原稿を読んで、ふかえりの「空気さなぎ」を捨てきれなかった。
天吾は筑波大学第一学群自然学類数学専攻。柔道部。耳はカリフラワー。
小松に言われてふかえりの小説を天吾が書き直して芥川賞をとるという計画。
天吾はふかえりと喫茶店で会う。
数学は水の流れのように自然。小説は風景を自分の言葉に再構成して自分という存在位置を確かめること。リトル・ピープルは本当にいる。
ワープロを買って、ふかえりの小説を直す。
ある集団で盲目の山羊を飼うのが彼女の仕事だった。
日曜日にはNHKの集金員をしていた父に連れられて家を回った。
ふかえりはディスレクシア(読字障害)。アザミが空気さなぎを書いた。
二俣尾で降り、タクシーに乗る。
小さな山の上の家。エビスノと言った。戎野。文化人類学者。
えりの父はエビスノの同僚。深田保。毛沢東の信奉者だった。タカシマ塾に入った。そこを二年でやめ、独立し山梨で「さきがけ」をつくった。その集団が革命を目指す武闘派と穏健派に別れた。深田は穏健派に残り、武闘派は「あけぼの」と名乗った。
七年前、えりは一人でエビスノの家にやってきた。両親とは音信不通。えりは口をきかなかった。「さきがけ」はいつか農業コミューンであることをやめて宗教法人になった。
「証人会」信者の同級生の女の子を思い出す。日曜日には布教して歩いていた。
天吾は小松から「二つの月」の部分の書き直しを命じられる。
天吾の父は狭量で無教養だった。自分の父ではないと思いこんだ。数学と物語の世界を往復していた。日曜の集金について行くのをやめたいと申し出た。家出した。担任の女教師に説得してもらった。吹奏楽部のティンパニがいないというので担任に頼まれて演奏した。ヤナーチェクのシンフォニエッタ。
エビスノはふかえりの小説を世に出すことによって、ふかえりの両親の所在を確かめようとしたのだ。「さきがけ」は大きな秘密をもつ組織だ。リトルピープルが来て大きく変化した。ジョージオーウェルの「1984」にはスターリニズムを寓話化したビッグブラザーが登場する。
ふかえりは天吾の家に泊まった。正しい歴史を奪うことは、人格の一部を奪うのと同じことなんだ。それは犯罪だ。
ふかえりは行方不明になった。テープが届く。リトルピープルから害を受けないでいるにはリトルピープルの持たない物を見つけなくてはならない。
天吾は月が二つある世界の小説を書いている。そこでは過去を書き換えることができる。
年上の不倫相手の日本女子大英文科卒のガールフレンド。lunaticとInsaneの違いを習った。
〈その髪のありようはおそらく、百人のうち九十八人に陰毛を連想させたはずだ。あとの二人がいったい何を連想するのか、天吾のあずかり知るところではない。〉
牛河利治、新日本学術芸術振興会専任理事。
天吾は認知症の療養所に入っている父親に会いに行く。
「あんたの母親は空白と交わってあんたを産んだ。私がその空白を埋めた」
父親に「猫の町」の小説を読んで聞かせる。「説明されないとわからないのであれば、説明されてもわからないのだ」天吾は父のもと(猫の町)から帰ってくる。帰ったらお祓いをしなければならない。とふかえりはいう。
ふかえりが天吾の部屋にやってくる。
牛河が予備校にやってくる。「ある年齢を過ぎると、人生というものはいろんなものを失っていく連続的な過程に過ぎなくなってしまう。大事なものがひとつひとつ、櫛の歯が欠けるみたいに手から滑り落ちていく。」
リトルピープルがさわいでいる。異変が起こる。
天吾はふかえりと一つになる。リトルピープルは雷鳴となって怒っているが手を出せない。
ふかえりは青豆が近くにいるという。天吾は記憶をたどる。手を握られたとき、空には月があったことを思い出す。純粋な孤独と静謐を与える月だ。児童公園から眺めた月は二つあった。
空気さなぎを書いたときから、天吾はレシヴァとなり、ふかえりがパシヴァとなった。天吾の父は生きる意志をなくして昏睡状態だった。天吾は義務ではなく礼儀として父に向かった。
明るい言葉は人の鼓膜を明るく震わせる。だから患者さんに聞こえても聞こえなくても、とにかく大きな声で明るいことを話しかけなさいと教えられます。
父が検査に行った後のベットの上に空気さなぎが置かれていた。その中には青豆が眠っていた。
天吾は青豆をみつけようとあらためて心を定めた。

牛河は「さきがけ」から青豆の捜索を依頼されていた。
青豆は天吾に会うために自殺を思いとどまった。
天吾が再び公園にやってくることを期待して隠れ家から見ていた。
タマルは「失われた時を求めて」を差し入れた。
天吾は父の枕もとで話しかけ、本を読んだ。
牛河は青豆の捜索の糸口として麻布の老婦人の家を調べたが、手詰まりとなった。
青豆のアパートにNHKの集金人が来る。
それは天吾の父親ではなかったか。父は肉体を昏睡させたまま、意識だけをどこかよそに移して生きているんじゃないか。
牛河は天吾と青豆が同級生であったことをつきとめる。
青豆は自分が妊娠していることに気づく。相手は天吾だという確信もあった。
妊娠したのは、さきがけのリーダーを殺した日。天吾がふかえりと交わった日だ。
天吾は看護婦の安達クミの家に泊まり、ハッシシを吸う。
安達クミは一度死んで再生したのだという。
「いったん自我がこの世界に生まれれば、それは倫理の担い手として生きる以外にない」ヴィトゲンシュタイン。
牛河は医師の家に生まれ、一人だけ醜く生まれた。祖父の従兄に福助頭をした同じ遺伝子があった。弁護士として妻と二人の娘がいた。失敗して弁護士もやめ家族も失った。
牛河は天吾のアパートの空き部屋を借り、出入りする人間をカメラで撮る。
ふかえりはそのカメラに気づき、出て行った。
編集者の小松はさきがけに拉致され、「空気さなぎ」を絶版にするように圧力をうける。
この出版によって、リトルピープルが姿を消し、声が聞こえなくなったからだ。
牛河は天吾を尾行して公園に行き、月が二つあるのを見て、別の世界に入り込んでしまったことに気づく。
牛河を公園に見つけた青豆は天吾と牛河のつながりを予感して後をつけ、入ったアパートに川奈の名前を見つける。
安達クミから父の死を告げる電話がくる。
天吾は再び千倉に向かう。死因は不明だった。自らの意志で死んだとしか思えない死だった。
天吾の父はNHKの集金人の制服を着て焼かれた。
青豆はこの世界にいることは受身ではなく、主体的な意思でもあることを確信する。
天吾の父は最後まで天吾の母の秘密を告げずに死んでいった。
安達クミの再生「それはリインカーネイションみたいなことなのかな」「どうだろう。そうかもしれない。そうじゃないかもしれない」
「秘密を知ったところで、それはおれをどこにも連れて行かないかもしれない。それでもやはり、なぜそれが自分をどこにも連れて行かないのか、その理由を知らなくてはならない。その理由を正しく知ることによって、おれはひょっとしたらどこかに行くことができるかもしれない。」
牛河はタマルによってすべて自白させられた。腎臓への痛打。頭に袋をかぶせられての窒息。「個々の苦痛には個々の特性がある。トルストイの有名な一節を少し言い換えさせてもらえば、快楽というのはだいたいどれも似たようなものだが、苦痛にはひとつひとつ微妙な差異がある。」
タマルは言った。「カール・ユングは深い思索に耽るための、一人きりになれる場所を必要としていた。自分で石をひとつひとつ積んで、丸くて天井が高い住居を築いた。その建物は「塔」と呼ばれた。その入り口に「冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる」と刻まれている。」
牛河はその言葉を復唱させられた後、殺された。
「今日死んでしまえば、明日は死なずにすむ」
タマルはさきがけに連絡を入れ、牛河の死体の処理を委ねる。
さきがけは青豆の身の安全を保証する取引をもちかけるが、タマルは電話を切る。
人の生き死になんて、すべて紙一重なんだよ。
牛河の死は公園で青豆に目撃されたことが致命的だった。
青豆は決意する。
これからは、私の意思にしたがって行動する。何があろうとこの小さなものを護る。
滑り台の上で青豆は天吾と会う。タマルにその連絡を入れてもらう。
天吾はその連絡を受け、原稿を鞄に入れる。
公園に着いたのは七時七分前だった。ケヤキの枝先が、警告を与える古老の指のようにひからびた音をたてて震えた。
六人のリトル・ピープルは牛河の口から出ると、図体をだんだん大きくしていった。彼らはゆっくり空気さなぎをつくりはじめた。牛河の魂の一部はこれから空気さなぎに変わろうとしていた。
天吾と青豆はこの世界を別のことばで呼んでいた。1Q84と青豆はいい、猫の町と天吾はいった。
二人は高速道の脇道を逆にたどり、月が一つの世界に戻る。だが、戻ったのではなく、さらにもう一つの世界であるかもしれなかった。
二人は高速道でタクシーを拾い、月の見えるホテルの部屋で結ばれる。