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「ヴェニスに死す」トーマスマン (新潮文庫)


      
 芸術家というものは誰しも美を創り出す不公平を承認し、貴族的な優遇に関心と賛意とを表明するという、派手好みな裏切り的な傾向を生まれながらに持っているものである。
 
 人体の美というものが生まれるために、法則的なものが、個性的なものと取り結ばねばならぬ神秘的な関係
 
 めまぐるしい諸現象の、扱いにくい多彩な形態をのがれて、単純で巨大な海の懐ろに身を隠したいと望む芸術家
 
 この虚無というものは、つまり完璧なものの一形式ではあるまいか。
 
 美は情を解する人間の、精神へ至る道なのだ。−−しかしただ道にすぎぬのだ。小さなパイドロスよ、ただ一つの手段にすぎぬのだ。
 
 愛せられる者の中に神はいないのに、愛する者の中には神がいるのだから−−
 
 作家の幸福とは、全く感情になりきってしまえる思想を持つことである。全く思想になりきってしまえる感情を持つことである。
 
 けだし人間というものは、相手に判断を下しえないでいるあいだだけ、相手を愛し、敬うものだからだ。憧れは、認識不十分の一産物なのである。
 
 芸術によって世間の人たちや青年を教育しようというのは、向こう見ずな、禁ぜられるべき企てなのだ。なぜといって生まれつき奈落へと志す、改良しがたい天性を持っている人間がどうして教育家として有能であろうか。・・・われわれがどうじたばたしようと、深淵はわれわれを引き寄せるのだ。
 
 認識こそは奈落なのだ。今後われわれは唯ただ美を尊重しようと思う。われわれには高く翔る能力はないのだ。われわれはただ彷徨することしかできないのだ。
 
 (メモ)芸術家(文士)の本質について、生と精神。市民気質と芸術家気質。美と倫理。享受と認識。感情と思想。