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「陥穽と振子」エドガー・アラン・ポー (ポオ小説全集 創元推理文庫)


    
 恐るべき死の宣告−−ただ沈黙と静寂と闇夜と。
 余は気絶していたのだが、全く意識を失っていたとは言わぬ。
 余がおそれたのは、怖ろしいことを見ることではなく、何も見えるものがないのではないかということ。
 余はこの地下闇黒の世界に棄てられて、このまま餓死するのであろうか?
 前方へさしのべた手はついに何か固い障害物につき当たった。
 壁であった。
 壁を一周し、もとへ戻った。余は五十ヤードの周囲と推定した。
 余は壁を去って、この域内を横断してみようと決心した。
 獄衣が足にからまり、倒れた先に穽があいていた。もう一歩進んでいたら・・・
 眠りからさめると、かたわらに一塊のパンと一壺の水とがあった。
 再び眼をさますと、あたりの物のかたちが見えた。
 天井には古風な掛け時計の振り子のようなものがゆっくりと動いていた。
 次第に速度を増し、振り子の刃が余の心臓を切るべく、しだいに下降してきていた。
 馬の腹帯は余の手足、胴体を上下左右にがんじがらめに巻いていた。
 余は考えた。
 鼠どもはせっせと食いついてきた。紐がちぎれて、からだが動ける。
 余が身体をよけるとすぐ、かの振り子は止まり、天井へするすると引き上げられた。
 疑いもなく余のあらゆる動作は見張られているのだ。
 次いで四囲の壁がひし形にゆがみ始め、中央の穽へと余の身体を追いつめていく。
 死の井戸をのぞきこむと、おお、この恐怖!
 どのような恐怖もあれ、こればかり!
 悲鳴とともに余は穽からとびのき、両手におのが顔を埋めた。身も世もなく泣きじゃくりながら。
 審問官どもの復讐は、余が二度までも助かったことによってせき立てられていたのである。
 「死よ」と余は言った。「どのような死も、あの穽の死よりはましだ!」
 
 失神して、深淵のうちへ落ち込もうとする瞬間に、誰かの腕がさしのべられて余の腕を捕らえた。
 ラサァル将軍の腕であった。フランス軍がトレド市に入城したのだ。
 異端審問所はその敵の手中にあった。