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昨夕 台所でゴキオくんに会った 2009.6.26


  ゴキオくんはとても人見知りで、僕の姿を認めると、何も言わずにシャリシャリシャリというような音が聞こえてきそうな素早さでガスコンロの下のすき間に姿を消した。
僕はゴキオ君を好きでも嫌いでもない。でも、ゴキオ君は僕のことを好きではないらしい。
ちょっぴり寂しくなった。
しばらくして、かみさんがやってきた。
そこへゴキオ君が恐る恐る姿を現した。
ゴキオ君はかみさんが好きなのだろうか。
いや違う。単に、ほとぼりが冷めた頃をみはからって出てきただけだ。
かみさんは、ゴキオ君を見ると狂ったようにハエたたきでたたいた。
二回、三回、四回。
あわれ、ゴキオ君は腹を見せて足を時たまぴくぴくさせている。
かみさんは、まだ生きているゴキオ君を怖がってきゃーきゃー騒いでいる。
女というやつは、どうして幾つになってもこうなのだろう。

かみさんは、ゴキオ君をせんべいの入っていた袋に入れて捨てようとした。
さっき僕が食べきって捨てた袋だ。
おそるおそる袋をゴキオ君に近づける。
すると気配を察してゴキオ君が脚をばたつかせる。
かみさんがまた叫ぶ。

そんなことを延々と10分、20分と続けている。
女という奴は、どうしてこんなことを延々と続けられるのだろうか。
しまいには、せんべいの袋に残っていたせんべいのカスが床に散らばり、僕が食べ残したのがいけないといって僕に八つ当たりする。
女という奴はゴキオ君よりよっぽど始末に負えない。

僕はしかし、決して手を貸さない。
そうして、諄々と諭す。

君はいったいなぜ、ゴキオ君をそんなに嫌うのだ。
ゴキオ君が君にいったい何をしたというのだ。
昔の不衛生だった時代と違い、ゴキオ君がさわったものにひどいばい菌がつくなどということはないのだ。
僕はゴキオ君を好きでも嫌いでもない。
家にいたければいればいいじゃないか。
でも、殺すのなら最後まで責任をもって殺しなさい。
百回でも二百回でもたたいて完全に殺しなさい。
それは君の責任で殺しなさい。
僕に助けを求めるのはやめてくれ。
僕はゴキオ君を殺すのには反対なのだから。

かみさんは僕をゴキオ君を見るのと同じ目をして見る。

さらに僕は続ける。
ゴキオ君は何といっても3億年前から姿を変えていない。
いわば、完璧な完成品なのだ。
人間などは不完全だから類人猿からどんどん姿を変えているが、
ゴキオ君はそう言う意味で非の打ち所のない黄金比で出来ているのだ。
それを気持ち悪いなどと感じるのは、君の感覚が不完全である証拠だ。

かみさんは僕を完全に虫、いや、無視する。

僕は弱ったゴキオ君をハエたたきにそっとつかまらせて、そのまま外に持っていって放った。
ゴキオ君は黒い闇の中に完全に消えた。
ゴキオ君の行方はだれも知らない。