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「冥途 IN INDIA」

    ==インド旅行記==第二回


右がガイドのラケシュ。ラケシュのアパートの庭で撮影。日本ではない。

何たってミュージカル

第一夜 ホテルシッダートウ

 二人部屋に一人で寝るのはちょっぴりさみしい今日この頃。こういう時はテレビが一番。ところがインドのドラマは全部ミュージカル仕立てだ。どのチャンネル回してもうるさいうるさい歌と踊りでどんちゃん騒ぎだ。

 なぜミュージカルなのか、これはインド最大の娯楽である映画の影響である。インドの映画は全てミュージカルなのだ。気持ちが高ぶってきたら唄わずにはおれない。男女のベッドシーンなど御法度の国だから、男と女がその気になったら踊るしかないではないか。というわけで、言葉がわからずに歌と踊りばかり見せられると頭がくらくらしてくるのであった。

 ごちゃごやチャンネルを回しているうちにクイズ番組に出くわした。日本でいえば灘中とか開成中学とかのエリート養成学校の子ども達が解答者だ。いかにもええとこの坊ちゃんという感じのメガネをかけた生意気そうな少年少女。ところが司会者が問題を出すと、ろくに誰も答えられないのだ。質問と解答までにすごい間があく。やっと手を挙げて解答したかと思うと不正解だ。二番目に答えた奴も不正解だ。司会者だけが大声を張り上げているが、全く進行しない。何だか見てはいけないものを見てしまったようで、早々にテレビを消した。

 もう寝よう。今日は疲れた。

 ところが、夜中の3時ころに目が覚めて眠れなくなってしまった。日本時間では6時30分、ちょうど起きてポン太(わが家の犬の名前)の散歩に行く時間だ。体内時計は日本時間にセットされたままなのだろうか。うとうとしながら現地時間の6時30分を過ぎたが、依然として外は真っ暗だ。インドに夜明けは来ないのではないかと思った。

 やっぱり観光旅行ですから・・

 10時にロビーで待つ。ほぼ時間通りにラケシュ(ガイドの名前)はやってきた。

 まずラクシュミーナラヤン寺院へ。

ここはヒンドゥーの神々がまつられている。ヒンドゥー教は偶像崇拝の楽しい宗教だ。町のあちこちに神々の絵が貼ってある。タクシーの運転席にもたくさんの絵が無造作に留めてある。まるでアイドルの写真を集めているような楽しい雰囲気を感じてしまうが、インドの人はきっと敬虔な思いで見ているのだろう。

 さて、ここは財閥のビルラ氏の寄付で作られたまだ新しい寺院である。ヒンドゥーの寺院では全て靴を脱がなければならない。その靴脱ぎのための小さな部屋が入り口すぐ右側にあって、そこにはビルラ氏の偉そうな肖像が飾ってある。この寺院に寄付された金は付属の学校で児童の教育に役立てられているという。

 寺院内には仏教のお釈迦さまもヒンドウーの神々の一人としてまつられている。こういうところへ来ると無宗教の人間というのはひどく肩身の狭い思いをする。そこでとりあえず、

「私は仏教徒だ」というと、

「ヒンドゥーは5千年、仏教は2千年でしょ」

 といって、ラケシュは仏教をバカにする。彼はお釈迦様が悟りを開いたあの有名なブッダガヤの生まれだという。それなのに彼はヒンドウー教徒で、町中にあるどんな小さな祠にも気づくと手を額にあててお祈りしている。ここではたしかに神は生きている。でもどのように生きているのかはわからない。毎朝、この寺院では朝のお祈りがあって、出勤前の人々が来るというが、どのような気持ちで何を祈るのかわからない。ちょっと思いついて、例の「女盗賊プーラン」の話をしたら、あれは殺人者だからインドの人はみんな嫌っていると言って相手にもしなかった。確かにそうかもしれないが、彼女をそこまで追い込んだカースト制度というものに何らかの言葉があってもいいような気がした。しかし、それだけやはりカースト制度の根は深いということなのだろう。ラケシュはエリートであるということを忘れてはならない。

スペシャルな絵はがき売りとの闘い

 外へ出ると、絵はがき売りがまとわりついてきた。私はこの物売りとの攻防を楽しみにしてきたのだ。だましだまされる快感。言葉というのは真実を伝えるためにあるのではない。おそらく相手をだますためにある。ひいては自分をだますためにある。かつて、日本には大道芸というものがあり、見せ物小屋というものがあり、舌先三寸で人をだまし、客はまた見事にだまされることを楽しんだ。例えば「九尺の大イタチ」という見せ物。表看板には動物のでっかい鼬の絵が描いてある。しかし、中へ入ると大きな板の真ん中に赤い血がついているだけだ。大きな板に血がついているから「大イタチ」だ。見事にしてやられたと言って客は笑いながら帰っていった。昔の日本人はだまされる快感を知っていたのだ。ところが今はどうだ。だれもがだまされまいと必死に身構え、一円でも安いものを買おうと血眼になり、そのくせ大金をネズミ講まがいにだまし取られ、オウム真理教などという大嘘にひっかかる。「真理」などと語るところがそもそも胡散臭いのだ。もう一度言う。言葉は嘘をつくためにある。

インディアン嘘つかない。インド人嘘つく。

 さて、この絵はがき売りは日本語で話しかけて来た。日本人観光客がもうお得意さまのようだ。嫌な感じ。300ルピーでどうだという。いくら何でも高い。ラケシュは心配そうに後ろの私を振り返りながら歩いていく。私はとにかく初めての「物売り体験」なのでほとんど買う気はなく、気楽にハガキの絵を見せてもらいながら、いらないと言い続けた。そのうち、2冊で300ルピーになり、3冊で200ルピーになり、4冊で200ルピーまでいった。それでもいらないと言うと、

「スペシャル」

と言って、例の有名なカジュラホの男女交合彫刻の写真をパラパラともったいぶってめくって見せる。日本人以外にもこの手を使うのだろうか。日本人が特別スケベと思われているのではないか。「スペシャル」という言葉だけが情けなく耳に残った。そのまま駐車場まで100mくらいの道のりをずっとついてきて、車に乗ってもまだ一生懸命話しかけてきたが結局買わなかった。こうして私の初めての物売り攻防戦は終わった。後でラケシュに聞くと、1冊30ルピーが相場だという。しかし、私はもっと安いのではないかと思う。その理由はまた後で。

インドの交通ラッシュは何と10時

 デリー市内はものすごい混雑。10時にホテルを出たのだが、今がちょうどラッシュ時だという。インドはほとんど10時か10時半くらいに仕事が始まり5時か6時に終わるって?ほんまかいな。でも確かに日の出が遅いようだったから、そのくらいがちょうどいいのかもしれない。

 信号で止まる度にどこからともなく物売りや物乞いがやってくる。物乞いに対してはほとんど誰も相手にしていないが、無視もしていない。朝は新聞売りも多い。一部2ルピー(8円)。これがとても安い。だから絵はがき30ルピーというのが信じられないのだ。突然わき道からロバを引いたおじさんが堂々と渋滞する車の間に割り込んでくる。自動車は心得ていてそういう割り込みを本当にうまく避けて動いていく。

無秩序の中の奇跡的秩序。

 道の脇ではあちこちで焚き火をしたり、しゃがんで話をしている人々がいる。ここはインドの首都ニューデリーのメインストリートだ。こんなところにもぽつんぽつんとテント生活の集団がある。

 「あの人々は危ない。何をするかわからない」

とラケシュは言う。旅人にスリリングな気分を味わわせるためにわざとそんなことを言ってるようにも聞こえる。靴を履かず、着ているものが黒光りしているので確かに最下級の人だなとわかる。

 次は「レッドフォート」(赤い城)

 ムガール帝国五代目シャー・ジャハンの建てた城。赤い城と名付けられているけど、インドの城はどこへ行っても赤い岩で出来ているということが後でわかる。

 関係ないけどさっき「あかいしろ」と打ってワープロ変換したら「赤い白」と出てきて奇妙な感覚に襲われた。しかし考えてみれば「緑の黒板」とか「赤い白墨」とかって現実にちゃんと存在するから面白い。言葉はやはりくせ者だ。あり得ないものでも存在させてしまう。

 お次は「ラージガート」(ガンジーの墓?)

 非暴力を貫いたガンジーさんは頑固爺さんだった(つまらないだじゃれ)

 ヒンドウー教では墓は造らない。なぜなら火葬の灰はガンジス川に流してしまうからだ。ここはガンジーさんの火葬された場所だ。ガンジーさんはインド最大の偉人だからお墓みたいな記念碑がここにある。ここも靴を脱がなければならない。靴を預けるのにまた金を取られる。といってもその金はツアー代の中に含まれているからラケシュが払ってくれる。ここは公園になっていてリスが遊んでいる。私はリスを追いかけて行ってうっかりカバンの中身をぶちまけてしまった。あんまり自分がバカなので笑った。

 トイレに行くと入り口に男性が立っていて、こっちだと言って指さす。また何か金を請求されそうで嫌な感じ。インドでは何でも金がかかるからね。トイレを出ると今度はさらにもう一人の男が加わっていて、どうだったかと聞く。(別にどうって言われてもねえ、普通のトイレですよね)仕方ないから「きれいなトイレですね」と言うとニコニコしている。金は要求しなかった。(何なんだ君たちはいったい)

 今日の観光、最後はインド門

 第一次大戦で死んだ兵士の慰霊のために立てられたもので、門には兵士の名前がぐるりと刻まれている。その門から西にずーっと真っ直ぐな広い道路が続いている。その道の行き着くところには大統領府がある。インドには大統領と首相がいるが、どう違うのかというばかばかしい質問をすると、ラケシュは「大統領はハンコを押すだけで、首相は実際に仕事をする人」というとてもわかりやすい答えをくれた(ほんまかいな)。

 さて、1月26日の独立記念日にはこのインド門から大統領府までの大通りは盛大なパレードがあるそうで、沿道は八億の人々で埋まるのだ(嘘)。

 インド門の下では猿回しや蛇使いが店開きしている。この猿はろくな芸をしない。コブラも元気がなくって疲れている。道の真ん中には、紐を引っ張ってプロペラを回転させて飛ばすヘリコプターの玩具を売る人があちこちで実演して見せている。(昔、日本でも似たようなおもちゃが流行ったよね。懐かしいなあ)

 ポップコーンを売っているのは10歳くらいの男の子だ。貧しい家の子はこうして昼間から働いている。もちろん学校なんか行っていない。でもその稼いだ金で麻薬に手を出す若者も多いと言ってラケシュは眉をしかめる。


第二回 完