表紙江戸怪談集雪隠のばけ物の事


 諸国百物語 
 雪隠のばけ物の事 

 ある人が、雪隠(便所)に行ったところ、美しい稚児(お寺の見習い児童)が来て、その男をみて、ひどく笑う。男は驚いて、あわてて家に帰り、こんなことがあったと家の人に語った。そのとき、雪隠の中から、若い人の声で、カラカラと笑うと思ったら、その男は、すぐにそのまま死んでしまった。いろいろと薬を試してみたけれど、生き返ることはなかった。みな不思議に思ったことだった。
 
 
近江の国、笠鞠という所の雪隠の化け物の事

 近江の国、こんぜという所に、笠鞠という田舎の村があった。ここのある人の家の雪隠(便所)に化け物が出るというので、誰も近寄らなかった。風が吹くときは毛のある手で尻を撫でるという。
 ある者がこれを聞いて、化け物の正体を見届けてやると言って雪隠に入って待ちかまえて座っていると、風がざあっと吹くと同時に例の化け物が毛の生えた手で尻をしきりに撫でたので、間髪を入れずその手を捕まえてみると薄の穂であったという。
 田舎のことで、雪隠の下に薄が生えてその伸びた草が風が吹くときはなびいて尻にさわったのがちょうど毛のある手で撫でられたと感じてそう思いこんだのである。その後、薄を刈って捨てたので化け物ももちろん出なくなった。