古今和歌六帖 (原文) 424 むし としゆき 秋のよのあくるも知らず鳴く虫は わかこと物やかなしかるらん 425 秋風のややふきしけば山さむみ わびしき聲に虫ぞ鳴くなる 426 我がために来る秋にしもあらなくに 虫の音聞けば物ぞかなしき 427 秋来れば野もせに虫のおりつめる こゑのあやをばたれかきるらん 428 秋の夜は雪こそことにさむからし くさむらことに虫のわぶれば 429 せみ そせい 秋はやみせみの鳴きつつなけかれぬ つれなき人のすむ山とほみ 430 とものり せみのこゑ聞くはかなしな夏ころも うすくや人のならんとすらん 431 いしはしる滝もとどろに鳴くせみの こゑをしきけば宮こおもほゆ 432 伊勢 さくはなはとしにかへねと空蝉の よのためしにもちるにさりける 433 今も猶われてそ人のうらめしき かるさなかの中になかれて 434 うつせみのむなしきからになるまてに わすれんとおもふ我ならなくに 435 あはれてふ人はなくともうつせみの からになるまてなかんとそおもふ 436 たもとよりはなれて玉をつつまめや これなんそれとうつせみむかし 437 なみのうつせみれは玉そみたれける ひろはは袖にはかなからんや 夏虫 438 よひのまもはかなくみゆる夏虫に まとひまされるこひにもあるかな 439 みつね 夏むしをなにかいひけん心から 我もおもひにもえぬべらなり 440 ふかやふ まさりては我そもえける夏虫の 火にかかるとてなともときけん 441 夏虫の身をいたづらになすことも ひとつおもひによりて成けり 442 もゆる火に思ひ入にし夏むしは なにしかさらにとひかへるへき 443 伊勢 夏虫のしるしるまとふおもひをば こりぬかなしとたれかみさらん きりきりす 444 きりきりすいたくななきそ秋の夜の なかきおもひは我そまされる 445 そせい なかためにあらせるやとかきりきりす よなかき人のもとにしもくる 446 つらゆき 秋風のふきつるよひはきりきりす 草むらことにこゑみたれたり 447 我ことく物やかなしききりきりす まくらつとへによもすからなく 448 そせい 秋かせのややふきしけばきりきりす うくもよもきのやとをかるるか まつむし 449 つらゆき三首 秋のののつゆにぬれつつたれくとか 人まつむしのここら鳴らん 450 こむといひしほともすきにし秋ののに ひとまつ虫のこゑのかなしさ 451 秋ののにきやとる人もおもほえず 誰を松虫ここらなくらん 452 夕されば人まつむしのなくなへに ひとりある身ぞこひまさりける 453 たきつせの中に玉つむしらなみは なかるるみををおにやぬくらん 454 五条のきさき 秋ののに我まつ虫の鳴といはば おらてねなから花はみてまし 455 君しのふくさにやつるる古郷は 松むしの音そかなしかりける すすむし 456 たまさかにけふあひみればすすむしは むつましなからこゑそきこゆる 457 人のいもかるときくまてをみなへし もとことになくすす虫のこゑ 458 かりにきて野辺にそまどふすすむしの 声はさやけきしるべなれとも ひくらし 459 ひくらしのきなく夕へのいくそはく 人ことにきけとあかぬこゑかも 460 へんせう 今こんといひてわかれし朝より おもひくらしの音をのみそ鳴く 461 つらゆきニ首 ひくらしのこゑに山のはちかければ なきつるなへに入りひさしけん 462 ひくらしのこゑもいとなく鳴くなるは 秋のゆうへになれば成けり 463 秋かせのいなはよそぎてふくなへに ほのかにしつるひくらしのこゑ 464 ひくらしのなきつるなへに日はくれぬ とみしは山のかけにそ有りける 465 つらゆき そま人は宮木ひくらしあしひきの やまの山人よるとよむ也 466 またもあらんおりもなからんひくらしの 物おもふときに鳴つつあやな 467 かくのみしあれば物おもひなくさむと いてたちきけばきなくひくらし ほたる 468 行ほたる雲のうへまでいぬべくは 秋風ふくとかりにつけこせ 469 つらゆき 夏の夜はともすほたるのむねの火を をしもたえたる玉とみるかな 470 とものり 夕さればほたるよりけにもゆれども ひかりみねばや人のつれなき 471 さよふけて我まつ人やいまくると おとろくまでもてらすほたるか 472 つらゆき ひるはなきよるはもえてそなからふる ほたるもせみも我身成けり 473 しけ春 すみとけんいほたるへくもみえなくに なとほともなき身をこかすらん はたをりめ 474 かりかねのは風をさむみはたおりめ くたまくこゑのきりきりとなく 475 秋くればはたをる虫のあるなへに からにしきにもみゆるのへかな くも 476 そとほりひめ いましはとわひにし物をささかにの ころもにかけて我をたのむる 477 ふんやのあさやす 秋ののにをくしらつゆは玉なれや つらぬきとむるくものいとすぢ 478 つねならぬ身はささかにのやとなれや あまつ空なるたのみかくらん てふ 479 おほみてらこれはたれそも世の中に あたなるてふにみゆる花かは 450 いへはえにいはねはさらにあやしくも かけなるいろのてふにも有かな ★★★(解説) 虫の声は秋になると鳴き声が大きくなる。秋とは心変わりの季節。すなわち「飽き」が来る季節なのである。 蝉は薄い羽透き通った羽からやはり人のこころが薄くなってゆくのを嘆く歌に使われる。 空蝉は蝉の抜け殻。恋に破れて抜け殻のような状態になるまで鳴きつくす姿を想像している。 夏虫とは飛んで火に入る夏の虫のことであり、ただひたすらの恋の「思ひ」「思火」に身をこがしている状態を象徴する。 きりぎりすは今のコオロギのこと。「我がことく物やかなしき」とあるように、作者の悲しい物思いを託す存在である。 松虫は来るあてのない人を待っていつまでも泣いている自分に重ね合わせる。 鈴蟲は声さやけく、むつましく、頼もしく思う鳴き声で迎えてくれる。 ひぐらしの声とともに日がくれるのだが、そう思ったら実はただ山の陰で暗くなっていただけだったというような歌もある。 てふは蝶のことだが、ここにあるニ首とも意味がよくわからない。 |