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きりきりす物かたり  赤木文庫蔵

(本文)
なかころのことにてや、ありけん、かた山さとに、一のきりきりす、はんへりける。
 なか月十日あまりの事なれは、むらさめ身にしむ、心ちして、いとと物うさも、まさりゆけは、ともたちのもとへゆきて、よろつかたりあはせて、なくさまんとて、ゆくみちに、はやしのほとりを、とをりけれは、いかくりの、ゑみたりけるを見て、あきふかくなるままに、いととあはれそまさりける。
 さらは、ちとくうて、ちからをつかんと、おもひて、はい入りて、くうほとに、しくれもはれけれは、日もさしあたりて、いつへきかたもなかりけれは、おほきにさはきて、こゑもをします、なきにけり。
 さすかに又、みつもほしかりけれは、あはれ、いかかしてみつをものみ、又この中をも、いつへきなんとと、おもひけるか、くい物ゆへに、いのちをうしなはん事、よのきこゑも、はつかしけれは、かすかすに、おもひつつけてよろしからす。
 かやうにすさみて、なけくところに、ちいさやかなる、ねすみひとつきたりて、なに事をか、おもはせたまひて、なけかせたまふそと、いひけれは、
 あまやとりに、。たちよりて、いとこころならす、ひすはりて、いつへきかたもそさふらはぬと、なけきいひけれは、
 ねすみ、まことにさこそ、おほしめしさふらふらんと、いかにもして、たすけまいらせさふらはん、おりふし、まいりあひたる事こそ、この世ならぬ、御ちきりにてさふらへと、たのもしけにいひけれは、
 あまりのうれしさに、ありのまま、かたりけるやうは、物くひて、さふらへは、みつも、ほしく、しのひかたきと、いひけれは、
 いとやすき事とて、はるかの、たににくたりて、おお、みつにぬらして、のませけれは、あまりのうれしさに、きりきりす、かくなん、
 こころさし、ふかきたにみつ、むしひあけ、たすくるきみそ、うれしかりける。
 と、よみけれは、ねすみ返し、
 たのまんと、いふことの葉に、はかされて、ふかきたにみつ、むすひあけけり。
 かやうにいへは、きりきりす、まめやかにまめやかに、たのみまいらせさふらひ、いかにもして、こんとのいのち、たすけさせたまへ、
 くい物ゆへに、むなしくてさふらはは、うきなのほとも、こしやうのさはりに、なりさふらはんと、おほえさふらふといへは、
 ねすみ、けにけにわれも人も、かいなきいのちを、うしなひさふらへは、これも人のうゑとも、おもひさふらはす、こころのおよひさふらはんほとは、いかにもして、たすけまいらせさふらふへきと、たのもしくいひけれは、
 きりきりすも、いととちからつく心ちして、
 くりのいか、ゑみたるきとも、しらすして、やとりにしけん、ことそかなしき
 かやうにさふらひけるほとに、ねすみ、いと秋の夜もすから、こしかた、ゆくすへの、物かたり、するほとに、よわるこゑも、すてにのこりすくなく、なりゆけは、いまいくほとのいのちをか、なけくらんと、あかすほとに、
 くさむらのむしとも、まことやらん、きりきりすの、あやまちして、とちこめられて、なけくなる、いさやゆきて、とふらはんとて、かうろき、かくなん、
 いとをしや、なとさはなくそ、いもの中にて、さてやはつへき
 返し
 とちこもり、なくにつけても、はつかしや、くりのかはりと、人やおもはん
 はたをりきたって、あなゆいしや、このほと、あやしく見えたまはぬ物かな、おほつかなく、おもひてさふらへは、けにこのよし、うけたまはりさふらへは、御ははかりさふらふやとて、申さすさふらふとて、
 なけきけり、おりつるはたおりの、いとみたしたる、心ちこそすれ
 きりきりす、よろこひて、
 たえもせす、なけきをりけん、はたおりの、いとうちはへて(引き続き)、とふそうれしき
 くつはむし、かくなん、
 いまよりは、こりはてられよ、きりきりす、なけきはれける、身ともなりなは、
 すすむしも、かくなん、
 よもすから、こゑふりたてて、すすむしの、きみをおもふに、ねこそなかるれ、
 返し、
 すすむしの、こゑふりたてて、わかために、なくにつけても、こころくるしや
 まつむし、けにけに、あさましや、たれも、くれゆく秋のなこりをこそ、をしみ、なくさめまいらせんと、おもひつるに、あさましやとて、
 うちなけき、あはれとおもふ、きりきりす、いまをかきりと、あもふこころを
 かやうにとふらひ、なけけとも、たすくる人もなし、
 ねすみはかりこそ、いとをしやとおもひて、ききいたりけれは、むしとも、なくなく申けるは、
 いかかして、たすくる、はかり事せんとて、
 ねすみとのには、おのおの、ちからも、おとり、はのかねも、よわき事にてさふらへは、かなふましとて、よろつ、ねすみとのを、たのみまいらせさふらふ、かふりあてて、いたさせたまへといへは、
 ねすみ、この事、見つけまいらせてのちは、おもひも、こひも、人そしると申、ひせいのさふらへは、いかか見すてまいらせさふらふへきとて、この二三日は、うちそひまいらせて、なくさめまいらせさふらへとも、
 あさましさに、みもふるひ、ちからもさふらはねとも、かふりてみさふらはんとて、たちよりて、かふるほとに、ちつと、かふりあてたり
 あかりと見て、きりきりす、うれしさに、あしをいたしけるを、くりのいかと、おもひて、くいきりぬ、きりきりす、あまりのいたさに、こゑもをします、なきけり
 ねすみ、あさましさに、ふるいふるい、いたりけるに、きりきりす、うらみて申やう
 いのちいきても、なにかせん、わつらはしく、おほしめさは、なに事にか、たすけんともさふらふへき、一たんのきすのくちと申、又かたはになりては、なかくはてさふらはんと申、いかかしさふらはんとて、かくなん、
 たすくるは、うれしけれとも、おくるまの、かたはになれる、身こそつらけれ
 ねすみ
 をくるまの、かたはになるを、あはれとも、おもひわするな、やるかたそなき
 ちはやふる、神もほとけも、御らんせよ、こころとはせぬ、あやまちそきみ
 きりきりす、さてはあやまちかとて、かくなん、
 いまさらに、うらみもはてす、これも又、うき身のとかと、おもひなされて、
 これをききて、ねすみ、ちやうかいと、せめて、をしみしきみか、つゆの身を、あはれとのみおもひて、世におそろしき、くりのからのなかに、あはれとたえぬ、心しらいとの、よもすから、そいては、ともになけきつつ、ふかくもきみを、うつつにんも、わすれしとのみ、おもひそめ、たちはなるるを、いかかうらみん、
 ねすみ、かやうにいいて、いままて、かいなき、いのちをたすけまいらせさふらへは、こころやすくなんとといいて、かへらんとす
 きりきりす、そてをひかへて、かくなん
 いささかに、きみか心を、しりぬれは、いかてわすれん千代はふるとも
 おなしく
 ささかにの、ほとのくりくり、秋のよを、むかしのねとも、なきあかしけん
うきなをのみや、つもりけん、こころのきわは、かちまくら、ふかきおもひは、たつうみの、なみはかけなん、なにはのあしを、かくそとて、ふくとまの、いつくもしらぬ、あまつかせ、はまのまさこの、かすあまた、ちきりし中はあふさかや
 人めをつつむ、はかりにて、こころはいつも、やましなやあふまほしくや、おもふらん
 きみとわれとは、いつまても、ありそのうみの、ことくにて、はまのまさこの、ことくにて、ちきりくちしと、おもふらん
 かやうにいても、さても又、このほとのこころさし、いかて、わすれまいらせさふらはん、わか事は、かすならぬむしにて、御身は、すすろにをしきなる、 御身にてわたらせたはへは、御めにもかかりさふらはしと、おもひてさふらへは、
 かやうに、ねんころに、御わたりさふらふ事、けにいろなさけもふかく、しのひわたらせたまへはこそ、たすけたれ、まいらせてさふらへは、ゆくすへも、いとと御はんしやうにて、わたらせたまへと、いのり申さふらはんとて、ねすみを、おかみけれは、
 ねすみ、これほとふかく、おほせさふらふ事、めんほくと、おほえてさふらふ、わか身はつねに、こあるきして、ようにたたぬ物を、かふりならひてさふらへは、こころのおよひさふらはんほとは、かふりてまいらせさふらはんと、おもひてさふらへは、あやまちにてさふらふ事こそ、よそききも、ふしきにさふらふとて、なこりのそてを、しほりける
 はるになくうくひす、みつにすむかわつ、くさむらのむしたにも、みなこころあつて、うたをはyほむとこそ、申つたへてさふらへ、ましてや、人のかたちをうけて、たえなる心をたねとこそするとこそ、申せは、よくよく、なさけ、たえなるへし
 たまつしまのみやうしんは、こひゆへ、うたをあらはし、うちのはしひめは、かたむしひなるちきりと、うたにや心を、しらせけん、たたつねならぬ、ことはりなり

★★★(解説)
きりぎりす(今のコオロギ)が一匹、イガグリが開いているのを見て、ちょっと食べて力をつけようと思った。
食べ終わってら、イガグリの中に閉じ込められてしまって出られなくなってしまった。
声を惜しまず泣いていると、そこへ小さなネズミが通りかかる。
食物にいやしいからこういうことになるのだと思われるのが情けないから、イガグリの中で雨宿りしているうちに閉じ込められてしまったと嘘を言い、助けを求める。
ねずみは快く助けを買って出る。
そのうち、虫たちが続々と慰めにやってくる。
ハタオリ、クツワムシ、スズムシ、マツムシと続く。
しかし、誰一人助ける者がいない。
しかたなく、ねずみが、クリのイガにかぶりついて、きりぎりすを外に出そうと試みる。
すると、少しスキマが出来て、明かりがもれてきたので、その穴から外へ出ようとキリギリスが足を出すと、
ねずみはその足をクリのイガだと思って、食いきってしまう。
キリギリスは足を切られて泣く。
キリギリスは恨み言を言うが、ねずみは過ちだから許せと答える。

このように、春に鳴くウグイス、水に棲む蛙、草むらの虫でさえ、みな心があって、歌を詠むのだから、
ましてや、人のとして生を受けて、妙なる心を持っているからには、妙なる歌を詠むのは道理である。