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山家集

(原文)

 445 蟲の歌よみ侍けるに
     夕されや玉おく露の小篠生(おざさふ)に聲はつならすきりぎりす哉

 446 秋風に穂末(ほずゑ)なみよる刈萱(かるかや)の下葉に蟲のこゑ乱るなり

 447 蛬(きりぎりす)なくなる野辺はよそなるを思はぬ袖に露のこぼるる

 448 秋風の更けゆく野辺の蟲の音にはしたなきまで濡るる袖哉

 449 蟲の音をよそに思ひてあかさねば袂も露は野辺にかはらじ

 450 野辺になく蟲もや物は悲しきと答へましかば問ひてきかまし

 451 秋の夜を独りやなきて明かさましともなふ蟲の聲なかりせば

 452 秋の夜に聲もやすまずなく蟲を露まどろまできき明かす哉

 453 秋の夜のをばなが袖に招かせていかなる人をまつむしの聲

 454 よもすがら袂に蟲の音をかけてはらひわづらふ袖の白露

 455 きりぎりす夜寒になるを告げ顔に枕のもとに来つつ鳴く也

 456 蟲の音をよわりゆくかと聞くからに心に秋の日数をぞ経る

 457 秋ふかみよはるは蟲の聲のみか聞く我とても頼みやはある

 458 蟲の音に露けかるべき袂かはあやしや心もの思ふべし

 459 獨聞蟲
     ひとり寝の友にはならで蛬(きりぎりす)鳴く音をきけば物思そふ

 460 故郷蟲
     草深み分け入りてとふ人もあれやふりゆく跡の鈴蟲の聲

 461 雨中蟲
     壁におふる小草にわぶる蛬(きりぎりす)しぐるる庭の露いとふべし

 462 田庵聞蟲
     小萩さく山田の畔(くろ)のむしのねに庵(いほ)守(も)る人や袖ぬらすらん

 463 暮路蟲
     うち具する人なき路の夕されは聲にておくるくつわ蟲かな

 464 田家秋夕
     ながむれば袖にも露ぞこぼれける外面(そとも)の小田の秋の夕暮

 465 ふきすぐる風さへことに身にぞしむ山田の庵の秋の夕暮

★★★(解説)
特に新しいものはない。蟲、露、涙、袖濡れる、物思い、というつながりが確固としてある。
はしたなきまで袖が濡れるというのはどの程度リアルなのだろうか。
全くの嘘なのだろうか。
それとも、昔の人は本当によく涙を流したのだろうか。
そのあたりが本当に知りたい。