表紙オカルト研究


 26 実践版 ヒマラヤ聖者への道 5 久遠の生命

ベアード・スポールディング著

成瀬雅春訳

 

「神」という言葉は1秒間に1兆8600億回振動する。

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第一法則 「神、それは私である」GOD I AM

静坐して、「我、神なり、もの皆また然り」

    「我、神の智慧なり」

    「我、神の原理なり。我、神の愛にして、神の愛、我より流れて、全世界を潤す」

 

我、神なるがゆえに、適正有効なる方法経路をもって、すべてを成功に導く英知である。

 

「できない」という言葉を使う時、私たちは内なるキリストを裏切っている。

自分の神性を悟った瞬間に、特定の周波数に整合する。

 

暗示の術、催眠術にかけられると、周波数が出ない。

 

弟子の準備ができたとき、師は現れる。

 

常に最高のもの、最も気高きもの、最も純粋なものを思念すること、

想念自体が物事を引き寄せて具現化するのです。

 

自己の持っているものを放出するならば、常に新しいものが流れ入ってきて、その空隙を埋めてくれます。

エネルギーは無尽蔵なのです。

 

植物は特定の周波数を出して、成長に必要なエネルギーを引き寄せている。

 

「完全なるもの」から放射される波動を活用すればますます豊かになれる。

 

すべての自己限定を捨て去れば、死をも克服することができる。

 

「すべては今ここに成就する」

 

宇宙の流れを受信するようチューニングすれば、インスピレーションは自分の中で起きるようになる。

 

70歳は神人として完成し始める成年期。

 

光を向けば自分が光となる。

 

「私は今、すべての否定的想念をわが生活から放下し追放しました。我が全存在にわたって、神が完全に確固として実在することを感謝します」

 

さらにいっそう重大なことは、人間世界にあるすべての否定的なものを消し去るように力を貸すことが人生に対する私たちの責任であり、義務でもあります。そのための最も強力な方法の一つが、およそ否定的なものを見たり聞いたり受け入れたりすることをすべて拒絶して、すべての人と物に意識的に神の愛を注ぐことです。

 

「愛」はその周波数では、非常に「神」に近い言葉です。私たちはそれを利用して病気を癒した例をいくつも知っています。

 

「能う限りの愛を人々に与えるのが、人生における私の役割です」スー族インディアン

 

「私はただ皆に愛を与えているだけなんです。私はあのクローバーを愛しています。すると、クローバーが私を上に挙げてくれるんです」

 

甲状腺に一心に集中して、免疫力を意識的にコントロールすることができる(酸の分泌や濃度をコントロールする)

 

姿勢や呼吸を訓練させる=肉体のあらゆるいとなみをすべて霊的影響下に置く。

 

神は常に自らの内にこそ実在するのです。

もし人類が「成ろう」とする試みを捨てて、「すでに成っている」ことを受け容れるならば、遠からずして実在を完全に自覚するようになるでしょう。

 

天国とは至る所に実在する「調和」のことである。それは一人ひとりの中にあり、まさしく自分の今いる場所が天国なのです。

 

私たちの会う人、知る人ことごとくキリストと観じることは、自分自身に対する最大の訓練でもあります。

 

自分こそが主であると悟ることによって、ただそれだけで、生起するあらゆる事態を克服できるのである。

 

「私は豊かさそのものである」と思い、語り、行うことです。

これは神(実相)顕現のあらゆるい道を開くもの。

 

「私は智慧である、私は調和である」身・口・意で表現する。

 

「真理は汝を自由ならしめん」

 

キリストとは個人を通じて流れる神のことです。

 

私たちは神性から背離した自分を自分で赦すのみなのです。

 

赦し赦し、忘れ忘れて、潜在意識からその跡形もなくなるまで消し去りましょう。

 

たいがいそういうものは波動であって、波動としての勢力を持つため、幾度となく繰り返し放射され、写真のように意識に焼き付けられ、結局、本当のことと信じ込んでしまうものです。

 

放下することが赦しです。

 

<インドの美しい祈り>

私は今日一日、神と神の豊かさに完全に浸りきってすべてに対処する。

今日一日、すべての行為において、征服者キリストが神の豊かさと一体となって現れ給う。

私は今、自分が神の至高の子であることを自覚している。

今日の各瞬間瞬間を私は神と神の聖なる愛に浸されて動く。

大いなる愛の炎が、私の全存在の全細胞を貫流する。

私は神の純黄金色の炎である。

私はこの炎を私の肉体にあまねく注ぐ。

我が父なる神よ、今、征服者キリストがあなたに挨拶を申し上げる。

平安、平安、平安、神の大いなる平安が遍満している