カルテ開示元年に寄せて PART3

前に本欄で、世の医療系ドラマのええかげんさを嘆いたことがありましたが、カルテの問題も然りです。「カルテ開示」なんていうと「ついにカルテに隠された驚くべき真実が明るみに出る」とか何とか、いかにもオオゲサな話が出てきそうで困ります。もっと肩の力を抜いて冷静に考えましょう。

「自分の病気や治療方針について疑問や疑念があるときに、カルテを見て調べる」というのが一般的なカルテ開示のイメージのようです。しかし、私に言わせればそれはたいへんな回り道です。わからないことは医者に直に聞いたほうが早いし、またそうすべきと思っています。

理由の一つはこうです。患者さんあるいはその縁者であるあなたが知りたいこと、医師である私が記録として残したいこと、そして医師である私が伝えたいこと、この三者は必ずしも一致しないから、カルテを見ても知りたいことが書いてある保証はないため。

しかしながら、世間一般はそういう風には思っちゃいない。それどころか、この三つが当然一致するものと考えられているからこそ「カルテを見ればすべての謎が解ける」となるのでしょう。でも、次のような事例を考えてみれば、それが幻想であることが実感できるはずです。

風邪をひいて熱があるので医者にかかりました。こういう時にあなたが医師に聞きたいのは、例えばこんなことでしょう。いつ熱が下がるか、仕事は休んだ方がいいか、風呂に入ってもいいか、家族にうつる危険性はないか、、、。

風邪は自然治癒傾向の強い疾患です。つまり、放っておいても、多く場合は数日寝ていれば治っちゃいます。また、風邪は飛沫感染(空気感染)する伝染病です。つまり、咳やくしゃみで周りの人にうつる病気です。となれば、先の問への答えは明らかですね。私ならこうです「多くの場合数日以内に治る病気ですから、熱も二三日中には下がるでしょう。二三日ですから、感染予防の意味からも仕事は休んだ方がいいでしょう。風呂も、どうせ二三日ですから、熱があるうちは無理に入らないほうがいいでしょう。病気の性質上、一緒に住んでいる人には当然うつる可能性があります」

さて、では医者の側の事情はどうでしょうか。風邪という病気についてここで述べた程度の知識は、内科医ならばみーんな知っているごく常識的なものです。だから、そんなことをいちいちカルテに記録しておこうと考える医者はまずいません。先に示した行動の指針についても、実際に上のような指導をしたときにはその記録を残す場合もありますが、聞かれもしないのにわざわざカルテに書いておくなんてことは絶対ありません。つまり、あなたが知りたいことはカルテを見たってわからないんです。

ではどうすればいいか。始めに書いたように、それは直に聞いてみればいいんです。聞けば大抵のことは教えてもらえるし、患者さんに話したことは医者もカルテに書いとくことが多いので、あとでカルテを見て復習できます。風邪の養生訓ぐらいならともかく、もっと重大な決断を迫られる場合が医療現場ではしばしばです。わからないことはとにかく聞いてみること、カルテを見るのはそのあとで十分、と私は考えます。


「くらしと医療」2001年4月号


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