カルテ開示元年に寄せて PART16

前回は、目とのどの診察について書きました。今回は、首と心臓の聴診を取り上げましょう。

首の診察は、手で触る診察、触診が中心です。ターゲットはズバリ、リンパ節と甲状腺です。なお、俗にリンパ腺といいますが、これは素人の用語です。扁桃と同じく、リンパ節も何も分泌しませんから「腺」をつけるのは誤りです。

閑話休題。リンパ節の触診にはいろいろな流儀がありますが、風邪のような病気の場合はあごの下と首筋に沿って触るのが普通です(つまり、ここらへんのリンパ節が腫れることが多いわけ)。甲状腺は首の正面やや下側にあり、診察のときはつばをごっくんしてもらうことが多いです。ここらへんをいじっているときに、「ああなるほど」と実感していただけると作者としては嬉しいです。

さて、カルテの話。リンパ節は、カルテ上はLN(lymph nodeの略)と略します。触れるときは例の「palpable(触知する)」とか「swelling(腫れている)」を使います。甲状腺はthyroidです。甲状腺の腫れは伝統的にgoiterという言葉を使い、大きさの程度を三段階の数字、硬さをsoft,elastic,hardなどと表現します。なお、首周りは、異常がないときには何も書かない場合が多々ありますので念のため。

続いて、胸の診察です。胸の診察はいうまでもなく聴診がメインです。さらに聴診は心臓(心音)を対象としたものと肺(呼吸音)を対象としたものに大別されます。ここらへんもいろいろと流儀がありますが、胸のまん中でごちょごちょやっているときは心音、胸の外側と背中のときは呼吸音を聴いているとみればいいでしょう。

心臓の聴診はなかなか奥が深く、それだけでCD-ROMが作れるくらいです。心音は単一の音ではなく、二つの音が合わさったものです。俗に、心音は「ドックン」とか「ドッキン」と表現されることが多いのですが、この「ドッ」の部分をⅠ音、「クン」とか「キン」の部分をⅡ音といいます。Ⅰ音とⅡ音の間を収縮期(ドッとクンの間)、Ⅱ音と次のⅠ音の間を拡張期(ドックンから次のドックンまでの間)といいます。

正常の心音は、上記の二つの音のみからなり、しかもⅡ音のほうがⅠ音よりもやや大きい音になります。その意味で「ドックン」「ドッキン」はなかなか的を射た表現です。これ以外の音がしたり、Ⅰ音とⅡ音のバランスが崩れたりすると、それは異常心音ということになります。

異常心音で最も多いのは雑音(心雑音)です。ただし、心雑音=心臓病と考えるのは短絡的で、ほとんどの雑音は単に聴こえるだけのもので、別に病気というわけではありません。このような病気ではない雑音(機能性とか無害性雑音といいます)は収縮期に聴こえ、あまり大きい音はしないという特徴があります。

以上を踏まえて、ようやくカルテの話です。心臓に雑音があるときのカルテの記載はこんな感じです。

    heart systolic murmur(+) Levine ii/vi

heartは心臓のこと。systolic murmurは収縮期systolicの雑音murmurという意味です。例によって「ある」ときは(+)と書きます。そのあとのゴニョゴニョは雑音の大きさを表す指標です。Levineさんの考えた六段階の指標というのがあり、ii/viは、そのうちの小さい方から二番目という意味です。一般にこのような雑音には、あまり病的意義はありません。

functioning murmurというのもよく使われる表現で、機能性雑音という意味です。こう書いてあるときは、雑音はあるけど別に心臓病ではありませんということです。

では、本当に心臓病があるときの心音はどうなるか?それは、心臓病の種類からお話しなければならないですから、またの機会に譲ります。

次回は肺の聴診からです。


「くらしと医療」2002年10月号


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