カルテ開示元年に寄せて PART17

前回からの続きです。 肺の聴診もなかなか奥が深く、やっぱり肺の音を集めたCD-ROMがあります。肺の聴診では「呼吸音」を聴いています。

呼吸音の異常で有名かつ重要なのは「ラ音(ラッセル、rales)」です。ラ音は大きく乾性(dry)と湿性(moist)に分かれます。乾性ラ音(dry rales)はさらに高音性・低音性に分かれ、さらに高音性は笛声音(ピーとかピュー piping or whistling)、高音性軋音(キューッ squeaking)、飛箭音(ヒュー whirring)など、低音性は低音性軋音(ギーッ grating)、呻唸音(うなり音 groating)、類鼾音(いびき音 snoring)、飛蜂音(虫の羽がブルブル humming)、紡車音(糸車がブンブン Schnurren)などと形容される、、、こともあるそうですが、私はやったことがありません。

同様に、湿性ラ音(moist rales)も捻髪音(crackling)、金属性ラ音(metalic rales)、ベルクロラ音(Velocro rales)などが区別されます。これは私も一部やっています。余談ですが、ベルクロラ音のベルクロとはマジックテープのメーカーです。このラ音は、マジックテープをはがすときのバリバリッという音によく似ています。

カルテには、こんな具合にさまざまな書き方がしてあります(そうかなぁ?)が、大切なのは音の種類を細かく表現することではなく、呼吸音の異常の原因をつきとめることであるのはいうまでもありません。その意味で、実に潔いのが看護師さんのテキストです。多種多様なラ音を「肺雑(音)」一語で片付けてしまいます。

呼吸音の異常は、気道狭窄が起こっている場合、気道に分泌物がある場合、肺間質に異常がある場合に生じます。難しそうな言葉が並びますが、さにあらず。気道狭窄は読んで字の如く、空気の通り道が狭くなることです。このとき気道は笛と同じような状態になり、乾性のラ音を生じます。

気道には正常でも少量の分泌物がありますが、なんといってもこれが増えるのは炎症のときです。分泌物の性状と量により音色が変わります。粘々の時、比較的量が少ないときは気道狭窄を生じ、前述のように乾性ラ音となります。一方、さらさらの時、大量の時には、分泌物の中を直接空気が通過するため、気道狭窄の時とは別の音が出ることになります。これが湿性ラ音です。病気の種類にもよりますが、一般に湿性ラ音が聴かれるときの方が重症感があります。

最後に肺間質の異常です。肺は小さい風船を多数寄せ集めたような構造をしており、小さい風船の間にあってこれを支えているのを間質といいます。間質に異常があると風船は膨らみにくくなり、膨らむたびに引っかかって独特の音を生じます。これがベルクロラ音です。湿性ラ音と似た音ですが、音の出る理由は大分違います。

いかがでしょうか? 大分面倒な話が続きましたが、実際のカルテではあまり細かく区別せず、dry(乾性)とmoist(湿性)くらいにして、あとは聴こえたままを書くことも多いです。大雑把にいってピューとかブーは乾性、バリバリとかブツブツは湿性です。例によって、胸の絵が書いてあって矢印が出ていたら要注意です。

次回は腹部の診察です。


「くらしと医療」2002年11月号


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