09-06/21 古典の科学性と臨床応用 加藤秀郎
〜経絡臨床編〜
経絡を臨床応用する際に考えられる必要な事は、
『経絡が病むとは?』と言う事と『経絡を治療するとは?』が、あるかと思います。

では“経絡が病む”とは?
素問;挙痛論篇第三十九第二章第一節
黄帝曰: 願聞人之五藏卒痛, 何氣使然.
黄帝が曰く、願わくば聞きたい。人の五蔵が卒(そつ;突然に=猝(思いがけぬことが急におこるさま))して痛む。然(=推量;おそらく)は何の気(=作用)の使われてか。
岐伯對曰: 經脈流行不止, 環周不休, 寒氣入經而稽遲, 泣而不行, 客於脈外則血少, 客於脈中則氣不通, 故卒然而痛.

岐伯が對(つい=答)して曰く、経脈は流れ行きて止まらず。環周(端が無く廻る)して休まず。寒が気(作用)して経に入りて稽遲(けいち;経の流れが留まりて遅くなる)し、泣(きゅう;声を出さずに泣くを転じて表現の出ていない辛さの例え)して行なわず。脈外に於いて客(きゃく;よそから来て影響のあるもの)するは則ち血は少、脈中に於いて客(きゃく;よそから来て影響のあるもの)するは則ち気が通わず。故に卒(そつ;突然に=猝(思いがけぬことが急におこるさま))すれば然(ぜん=当然)にして痛む。
黄帝が聞く「人の五臓が痛む」の‘五臓’とは、肝・心・脾・肺・腎を直接示すのではなく、五臓が関わる関連部位もしくは関連状態を言い、そう言った範囲が急に痛んだ場合という事のように思う。
それに対しての岐伯の答えが「寒気が経に入る」とある。しかし答えの前に経脈はぐるぐる回って止まらないという説明をしている。それを‘環周’といい、‘寒’が‘客’という外から入り込み作用をする事で、環周が‘稽遲’してその動きは見えなくても辛い状態となって、経が持つ本来の働きが滞る。これが自覚的な痛みとなって表れる。
経脈の環周については‘経絡概論編’の"栄"の細かい働きの説明にあるように、単に経内部をぐるぐると廻るのではなく、感覚器から情報を受け取ったり栄養や命令を分配したりというネットワーク全体を示している。
この
ネットワークの連携
に、ある種の
乱れが生じる事
‘経絡が病む’
と考える。
挙痛論篇で例にするのは‘寒が経に作用した’場合で、この寒が経に作用して環周が稽遲するとは一つには外環境にある寒さが人体に障る‘脈外に客する’と経内部の循環の機能低下を言う‘脈中に客する’とがある。
寒さが人体に障る事により、その寒さの侵入を防ぐために毛穴を強く閉じ、それでも体温が奪われてホメオスタシス37度の体温が下がるようならば、筋を等長性収縮させて体温を生産する。この皮膚も筋も硬くなった状態が疲労箇所や損傷部位を締め付ければ痛みを起こす事になる。また締め付ける事から血流量が減って栄養供給が不適切になる。これが‘血少なし’となり長期化すればその箇所が痩せる。
経内部の循環機能が低下すると、情報や命令などの伝達が不適切化する。これは疲労やストレス、睡眠や栄養の不足などから例えば反射神経が鈍ると言うような事を示す。身体内外の環境に生理動作が伴わないため、損傷箇所を持つ筋肉の動作を普段は避けるようにしていた命令の伝達が不適切で、その箇所を収縮させて痛みを起こす。この不適切が‘気は通らず’で、損傷箇所を動作中に使って痛みを継続させ動作バランスを乱す。
この‘寒さが人体に障る事’と‘経内部の循環機能が低下’の痛みは見ては解りづらく、その相手の感情によって訴えられる事から‘泣して行えず’とある。
“経絡が病む”の現代認識との符号
古今東西のあらゆる医学の基本は‘ホメオスタシス’と考えている。
とくにこの東洋医学はこのホメオスタシスを念頭に置いたものと思う。陰陽とは変化の方向を示す言葉で、この「変化」と「方向」が解るためには「基準」が必要となる。この基準を中とか平などと言う場合もあるが、現代用語で言う所のホメオスタシスである。ホメオスタシスとは体内環境が、どのような外的状況にあろうと生体保持のために変化せずその状態を安定させている動作や条件を言う。この内部環境の安定を守るための活動が‘生理’であり、内部環境の乱れが‘病理’であるといえる。
症状というものは、基本的には内部環境の安定を守るための生理的な働きである。寒さにさらされれば体温を作るため筋を堅くし、その栄養消費から空腹感が増える。余分な水分を減らすため時には下痢をさせる。暑ければ全筋肉を弛緩させ発熱量を減らし食欲を落として消化器の運動も抑え、吐き気さえ起こす。
この生理としての生体保護のシステム管理を経絡が担っていると考え、体内環境を変えないために働いている状況を「寒」「熱」という陰陽で示している。
ちなみに病理の陰陽を「虚」「実」といい、これは五臓の状態を言っていると考えている。

‘経絡を治療する’とは?〜臨床例から〜
経絡概論編の素問; 經絡論篇第五十七の解説例から、経絡の変化対応は「寒」「熱」で表れる。これは身体の生理が外的状況に対応した事を意味し、未病の範囲と言える。ホメオスタシスの崩れを意味する五臓の損傷はなく、よって「虚」「実」という病理観は用いず、已病ではない。六十九難でいう‘不虚不実で以って經を取る’であり、経の範囲で治療を考える。六十九難が言うのは‘正經自生病’であり‘正經自病’ではない。
しかし寒熱を直接コントロールできる方法はない。なぜ寒か熱に生体反応が振れたのかという陰陽で治療で対応する。それが太陰、少陰、厥陰でそのまま治療選経として証になる。
現代医学では病気の物理原因の解明に勤めるが、東洋医学は独自理論での把握に終始する。
‘経絡を治療する’つまり経病の治療とは原因の解明とその根絶ではなく
生体反応の状態を把握して、あらかじめ設定した手段で対応処置する事。


<ぎっくり腰から他の箇所が痛む>の症例把握

椎間板ヘルニアなどの基礎疾患がある場合は特に言える事ですが、損傷している箇所とその周辺の筋肉を使わないような動作を、生体は自動的に選択しています。これはその患者の自覚にはありません。この働きも経絡のネットワークです。痛む箇所の情報を五臓(中枢器官)へとフィードバックし、その箇所の筋肉を使わなくても動作に支障が出ないように他の筋肉を複合的にコントロールします。ところがこの‘他の筋肉’の中には、普段はあまり働いていなかったものも含まれます。この‘普段はそれほど働いていなかった筋肉’が急に働いたため筋肉痛を起こして痛み出すわけです。それが腰の方は良くなってきたんだけど、内股が痛くなったとか背中の上の方が痛いと言う事になります。
同様に転倒して後から打撲箇所以外が傷むのも、転倒する瞬間に全身の筋肉をいっせいに使って体制を立て直すため、普段あまり使われていない箇所が筋肉痛を起こすわけです。
ぎっくり腰は『脈外を客して』ですが、その後の筋肉痛は『脈中を客して』の‘環周が稽遲(けいち)し卒す’に当てはまります。
原因は‘疲労やストレス、睡眠や栄養の不足’で、単純には
堅くなる=熱
弛む=寒
です。


<季節の変わり目にめまいや節々の痛みを起こす>の症例把握

季節の変わり目というのは、外環境としての急激な3つの変化があります。
1つは‘気温’、1つは‘湿度’、1つは‘気圧’です。
気温の変化
には
体温生産量の増減
生体は対応
します。
増=熱
減=寒
、です。
湿度は外気の水分飽和量ですが、生体は湿気で反応します。暑ければ体温を蒸散で放熱しますが、蒸散時の体内水分は湿度が低ければ速やかに蒸発し、高ければ蒸発せず汗となって残ります。
この時に
外気温
生体からの蒸散量
毛穴の開閉
で応じます。
閉=熱
開=寒
、です。
基本的には体温生産量と毛穴の開閉が組み合わさっています。
気圧を医学で取り扱う事は稀です。とうぜん東洋医学にはこの言葉はなく、現代医学でも考え方にはありません。
しかし生体への影響はあります。
どうあるかというと、気圧が上がれば血圧が下がり、気圧が下がれば血圧は上がります。普通は血圧計の数値には表れません。
外気圧と内部血圧が拮抗するためです。
高気圧が来てよく晴れると、体が軽く伸びやかな気分になるのは血圧を上げるためのエネルギー消費が抑えられ、その分の余計な疲労が避けられるからです。この気圧からの影響を伺わせる言葉に‘風’や‘気逆’があります。気圧差によって風は吹きますが、東洋医学の‘風’は痛みを示します。
風が吹いて来るとその地域は気圧が下がっていき、そのため生体は全身の筋肉を堅くして血管を締め付けて血圧を上げ、急激な気圧の低下に備えます。全身のどこかに損傷があれば、その部分は筋に締め付けられ痛みを感じ‘節々の痛み’になります。
また筋が堅くなれば熱量生産は増えます。この時に外気温が高いと余分な熱量となりこれが‘気逆’です。外気圧とは関係なく怒りの感情でも同じ事が起きます。気逆とは逆上せや頭に血が上るなども含まれ、逆に今度は急に気圧が上がると筋が弛緩します。逆上せを抱えたまま全身の筋が急に弛むので、立つ力と頭位感覚を失って‘めまい’になります。
基本的には、
気圧
上がる=寒
下がる=熱
、です。


<原因不明の内耳性障害が鍼治療で緩和する>の症例把握

突発性難聴やメニエール、頭位や回転の障害ですが、何ヶ月も専門医の治療を受けながら一度の鍼治療で軽減する例があります。
耳鼻科疾患の多くは原因不明とされますが、不明原因の一部に頚部周辺の筋肉からの影響があります。この場合は筋肉と言う事で耳鼻科の範囲に入っていないため特定原因にされません。頚部の筋肉の中には乳状突起や茎上突起、第一頸椎の横突起などに着くものがあって、この筋の付着部付近が硬結し膨らんだ場合、狭く込み入った場所であるために大後頭孔や頸動脈孔を通じて頭蓋骨内部へと圧力をかけてしまう。この圧力が内耳を押して障害を発生させるのではないかと考えます。
例えば鼓膜に外圧がかかると張りが弛んで聞こえにくくなる上に、雑音も生じます。
蝸牛や半規管に圧力がかかれば内部リンパの流れを悪くして、雑音を感じたり頭位情報に誤差が生じます。
また、頭蓋骨底部の深部筋のみが硬結しているだけではなく、頚部や肩周辺の凝りは同時にあります。実は頚部や肩上の筋肉の緊張内容も中枢へとフィードバックされ、頭位や姿位の情報になります。
しかし筋の凝りが激しい場合、この情報にエラーが入ったまま中枢へと送られると内耳や目からの映像情報とでズレが生じ、自律神経の働きを乱す事になります。車酔いと同じ状態ですが、肩が凝りすぎて目が回ったり吐き気を感じるのも、頚部の筋肉と内耳の関係だと思われます。
頚部の筋の硬結
内耳に圧力
をかけているようなら
=熱
この圧力がかかっている状態が長く続いて内耳の対応が出来た後で、
急に
硬結が弛んで圧力が抜け
てしまってからの影響は
=寒
、です。

対応処置の方法〜寒熱と治療選経(証)は別の脈状で判別します〜
脈の押し上がり
早い
急脈
滑脈 早い
遅い
緩脈
渋脈 遅い
脈の引き下がり
緩急の脈は気血のどちらかが寒か熱
沈めて診た時に
太くなる
細くなる
あまり変化がない
足の厥陰経
足の太陰経
足の少陰経
もしくは浮かせて診た時に
よりはっきりする
消えてしまう
手の厥陰
手の太陰
滑渋の脈は気も血も寒か熱

切脈の時に指腹に当たる脈の感触が
鋭利な感じー木(肝経)
太みがあって弾力があるー火(心包経)
どの脈か解りづらいー土(脾経)
感触が軽く押し上がりの途中が解りづらいー金(肺経)
上下の幅が短いー水(腎経)