そんなとき、こんな本


Home /Books /Movies /Music /Links


夢中になって読みたいときに

蜜蜂と遠雷
恩田陸 幻冬舎

 「ああ、我々は、自分をこの音楽家に託してよいのだ。」

 久しぶりに、読み進むのがもったいない、読み終わりたくないと思える小説に出会えました。ピアノコンクールを舞台に、人間模様と音楽を描いた恩田陸の小説「蜜蜂と遠雷」。
 養蜂家の少年、元プロであった少女、アメリカで実力を磨いた多国籍の系譜をもつ青年、音楽家への夢が捨てられない会社員など、参加者が織りなす演奏を軸に、それらを取り巻く人々や審査員など様々な視点でコンクールの進行を紡いでゆきます。 
 ピアノ演奏の魅力をここまで具体的に表現した作品があったでしょうか。登場人物それぞれが、曲から受ける心象を記し、それにより、ピアノが奏でる音楽が表現するものを豊かに描き出しています。
 音楽への深い愛情が、繊細な言葉によって伝わってきます。同時に、人々の生き様が、音楽によって見事に浮き彫りにされていくのです。登場人物に共感し、何度も涙を溢れさせました。
 音楽の素晴らしさを人々のハーモニーで奏で、いつまでもその調べに浸っていたいと感じさせる素敵な小説です。


かがみの孤城
辻村深月 ポプラ社

 学校に行けなくなった中学生こころは、自室にこもる毎日が続いていた。ある日、鏡が光り中に引き込まれると、そこには似た境遇をもつ七人の中学生たちがいた。
 辻村深月の「かがみの孤城」は、学校にうまく向き合えない子どもたちの心情を丁寧に描いた小説。ファンタジーの体裁をとっていますが、その設定が惹き付ける力をもち、最後まで一気に読ませます。様々なことがらが最後に収束していく様は圧巻で、良質のミステリーに接した読後感がありました。


ケインとアベル
ジェフリー・アーチャー 新潮文庫(全2冊)

 同じ日時に生まれた二人の男。ひとりはポーランドの片田舎で、私生児として過酷な幼少年期をおくる。もうひとりは、銀行家の裕福な家に生まれ、エリートとして手腕を発揮してゆく。やがて二人はある事件をきっかけに運命的な出会いをし、生涯のライバルとなる。アメリカの近代史を背景に、二人の数奇な運命がからまってゆく。
 2人の人生にじっくりとつきあい、読み終えた後にはなんともいえない感慨がわきおこりました。まさに読書の醍醐味を教えてくれる本です。


チェルシー・テラスへの道
ジェフリー・アーチャー 新潮文庫(全2冊)

 路上の野菜売りからロンドン一のデパートを築く男をめぐる話です。様々な登場人物の視点から、同じ事柄を描いてゆく手法が鮮やかで、最後までじっくりと楽しめます。


模倣犯
宮部みゆき  小学館(上・下巻)

 非情な殺人犯と、その被害者側双方が実に丁寧に描かれています。1400ページを超える大作ですが、時間を忘れて読みふけってしまいます。第1部の緊迫感で作品にぐっとひきこまれます。第2部では、視点は違いますが、曾野部綾子さんの「天上の青」を彷彿させるものがありました。第3部では、至る所に張られた伏線の妙を味わえます。冒頭からラストまで、様々な人物を彩なしていく巧みな筋運びは、まさに職人芸です。
 個人的には、豆腐屋のご主人や、ソバ屋の旦那さんなどの描写がいいなと感じました。あまりに凶悪な殺人を描いていますが、それに関わる人々を描く筆致に暖かさがあり、その対比の鮮やかさがこの作品に魅力を与えているのではないでしょうか。


白夜行
東野圭吾  集英社

 よいメロディーとリズムを持った音楽はずっと聞き続けたいと感じますが、この作品も読みやすさと長さを感じさせない心地よいテンポを持っています。なにより低弦の旋律が魅力的です。終盤でそのメロディーがはっきり奏でられるに従い、深い哀切がわいてきます。真に充実したミステリーの大作を求める人におすすめ。


リヴィエラを撃て
高村 薫  新潮文庫

 謎の東洋人「リヴィエラ」をめぐっての諜報戦が圧倒的にリアルに描かれます。IRAテロリストとピアニストとの交流という不思議な旋律を持ちながら、主旋律は極めて硬質な響きを保っています。ブラームスのピアノ協奏曲第2番が象徴的な曲となっています。冒険小説の格調高い名作。


マークスの山
高村 薫  早川書房

 「山々に感応する者の心身は、……大なり小なり傍目には分からない隠微な暗い底を持っているのだろうか。それとも、圧倒的な自然と対峙したとき、脆弱な人間の心身は避けがたく危機に瀕するのだろうか…」
 山で起きた殺人を発端に、捜査に関わる人々を実に緻密に描いています。犯人側と追う側が交互に描かれ、そのサスペンスフルな展開に心底引き込まれます。なんでこれほど知っているのかと思うほどリアルな警察の描写と、画然とした心象や情景の表現が相まって独特の緊張感をつくりあげています。
 様々な魅力に満ちた作品です。第109回直木賞受賞作。


レディ・ジョーカー
高村 薫  毎日新聞社(上・下巻)

 大企業トップの誘拐を軸に、様々な人間模様が描かれています。犯人側、追う側双方はもとより、ジャーナリストの視点、企業の対応、裏組織の蠢きなど、極めて複眼的に描写されています。事件に関わる人々すべてが心に刻まれる、的確な人物造形もこの作品の魅力を支えています。個人的には、城山社長と合田刑事の最初の出会いにはっとし、その後の関わりも余韻の残るものでした。峻厳さすらも感じる巨峰のような作品ですが、読み始めたらラストまでいかずにはおれない圧倒的な牽引力をもっています。


家族八景
筒井康隆 新潮文庫

 人の心を読みとる力をもったお手伝い七瀬の物語。つとめる先々で、その家族の心が読めてしまうというのは、本人にしてみてば、結構悲劇です。家族がお互いに隠している部分なども全部見えてしまうわけで、それは人間としてつらい。また、自分に特殊な力があるとわかれば、周りは避けたり、迫害したりする。そんな、超能力者の苦悩もよく描けていて、とても深みがある作品です。
 続編として「七瀬ふたたび」「エディプスの恋人」。
「七瀬ふたたび」は、よりスリリングな展開で、時を忘れて読めました。
「エディプスの恋人」は、より深い内面を描いています。
 「七瀬ふたたび」は、昔NHKの少年ドラマで、最近では「木曜の怪談」のなかの1編として放送されました。そこでは、筒井康隆自らが超能力を悪用する人を演じていましたが、この役、実に雰囲気がよく出ていました。さすが。




モンテ・クリスト伯
アレクサンドル・デュマ 岩波文庫(全7冊)

 24日間で読むという、かつてないほどの早さで読むことができました。古典作品ですが、なんといっても、最初から最後までこれほどストーリーが面白い長編は初めでした。人間に対する洞察の深さも、魅力の一つでしょう。いい本にめぐり会えて幸せでした。



8(エイト)
キャサリン・ネヴィル

 謎のチェス・セット「モングラン・サービス」をめぐって、現代とフランス革命直後の世界を舞台に繰り広げられる冒険小説。18世紀末から19世紀初頭にかけての有名人がたくさん登場して、歴史が好きな人はもっと興味深く読めます。ナポレオン、ルソーなどから、数学者オイラー、フーリエまで出てきます。


天北原野
三浦綾子 新潮文庫(全2冊)

 北海道と樺太を舞台にした、雄大なドラマです。北国の風物と人々の営みが、心にしみます。北海道を旅して、この本がさらに身近に感じられました。


天上の青
曽野綾子 新潮文庫(全2冊)
 次々と女性を誘い、殺してゆく男。しかし、一人の女性だけには、夏の朝顔のように清々しい心を開いてゆく。
 普段、純文学を書いている人が、犯罪を描くと、迫力がありますね。


大誘拐
天藤 真  角川文庫

 和歌山の大富豪のおばあさんを身代金目的で誘拐する3人の男。うまく行ったと思ったのですが、おばあさんが協力しだして意外な方向に・・と書くと、よくあるコメディのようにとられそうですが、いやいや、この作品は内容があります。ユーモラスで、しかも底に暖かいものが流れている。犯人と警察当局のやりとりもスリリングです。楽しめて、感動できる、すてきな本です。


理由
宮部みゆき  朝日新聞社

 高層マンションで起こった殺人事件を通して、それに関わった家族の姿が描かれます。その細やかな描写と巧みなストーリーテリングで、作品世界に深く引き込まれます。


尻啖え孫市
司馬遼太郎  講談社文庫

 戦国時代に活躍した紀州の鉄砲隊「雑賀衆」の首領、孫市を描いた司馬遼太郎初期の長編です。
 とにかく筆が生き生きとしています。最初のページから、信長のいた岐阜の町のにぎわいがよく伝わってきます。奔放な孫市の生き方がそのリズミカルな筆運びによって、爽快に語られます。秀吉との不思議な友情も趣があります。一向一揆の背景もよくわかり、面白くためになって得をしたと感じた本です。






寝る前にちょっと読みたいときに

鞄に本だけつめこんで
群ようこ 新潮文庫

 本を愛する人が、本について書いた本。
 それはそれは、楽しくて味わいのある本。


漱石を売る
出久根達郎 文春文庫

 これも本を愛する人が、本について書いた本。
 こっちは古本屋のおやじ。
 それはそれで、楽しくて味わいのある本。


パパラギ
はじめて文明を見た南海の酋長ツアイビの演説集 岡崎照男訳 立風書房

 サモアの酋長ツアイビが、ヨーロッパ文明を見てきて、その様子を島民に語るのです。一つの話しは5〜10ページですので、寝る前に1つ読むとちょうどいいようです。でも、考え出すと眠れなくなります。また、価値観をひっくり返される快感がスキな人は、徹夜になるでしょう。


スバラ式世界
原田宗典 集英社文庫

 庶民エッセイ多作家、ハラダ君の文章には共感の嵐。
 寝る前、ひと笑いしたい時にどうぞ。


星新一のショートショート

 「ボッコちゃん」は、小学生の頃、自分で初めて買った文庫本です。タイトルに引かれて買ったような気がします。ちょっと大人の世界を覗いたようで、こころが浮き立ちました。また、そのシャープな感覚にも憧れたように思います。時代を超えて楽しめる作品群。ひとひねり半の妙味がいいですね。


ミニ・ミステリ傑作選
エラリー・クイーン編 創元推理文庫

 海外のショート・ショート集です。短くとも、文学の香気がある作品も多く、お買い得です。


満願
米澤穂信 新潮文庫

 米澤穂信による6つの短編小説を収めた「満願」。クールな文体でスリリングに語られるストーリーは読む者を惹き付けます。多彩なシチュエーションで展開される極上のミステリー集。




本格ミステリーの醍醐味を味わいたいときに

そして誰もいなくなった
アガサ・クリスティ ハヤカワミステリー文庫

 推理小説の名作中の名作。10人の互いに知らない人々が孤島に招かれ、マザーグースの歌に従って殺されていく。
閉じられた空間での犯罪、”クローズド・サークル・ミステリー”の代表作。読み始めたら、続きを気にせずにはいられません。必ず一気に読んでしまいます。


オリエント急行の殺人
アガサ・クリスティ ハヤカワミステリー文庫

 映画を見て犯人もトリックも知っていたのですが、それにもかかわらず楽しめ、ラストでは感動しました。やはりクリスティ−の文章が魅力的だからでしょう。特に、探偵ポアロと登場人物の会話がよく練られていて、見事です。いつもながら、心理トリックの手並みにはつくづく感心しました。


五匹の子豚
アガサ・クリスティ ハヤカワミステリー文庫

 15年前の殺人を、関係者5人の証言をもとに、ポアロが推理していきます。過去の殺人というと、たいへん地味な感じですが、これぞ名人芸ではないかと思います。


葬儀を終えて
アガサ・クリスティ ハヤカワミステリー文庫

 クリスティ女史、さすが見事なお手並みです。


ねじれた家
アガサ・クリスティ ハヤカワミステリー文庫

 クリスティが、最も暖めて書いたと自ら述懐する作品。
 なんというか、独特の暖かみがあるんですよね。


ビッグ4
アガサ・クリスティ ハヤカワミステリー文庫

 エルキュール・ポアロが登場する小説の中でも、一番ダイナミックな作品。スピード感のある展開に、思わずのめり込んでしまいます。スパイ・スリラーのひとつですが、そこはクリスティ。ミステリーのスパイスもばっちり効いています。
 爽快感にあふれ、楽しめる一品です。


カーテン
アガサ・クリスティ ハヤカワミステリー文庫

 名探偵エルキュール・ポアロ最後の事件。舞台は、ポアロが初登場する「スタイルズ荘」という、凝った設定です。
 私が生まれて初めて読んだ原書が、高校生の時に手にした”CURTAIN: POIROT'S LAST CASE”でした。英語の力がないものですから、字面を追いかけるにとどまり細かい内容はわかりませんでしたが、最後には、原書を読破した達成感と、ああ、これでポアロの事件も終わりかという思いで、熱いものがこみ上げてきました。クリスティのファンであれば、やはり独特の感慨を抱く作品だと思います。数々の活躍をしたポアロ、そしてヘイスティングスの人生に自然と思いを馳せ、静かな味わいがあります。


日本探偵小説全集2 江戸川乱歩集
江戸川乱歩 創元推理文庫

 「二銭銅貨」「屋根裏の散歩者」「パノラマ島奇談」「陰獣」「目羅博士」「化人幻戯」など、江戸川乱歩のめくるめく世界を堪能できる作品がそろっています。
 ひとつ、気になっているのは、「鏡地獄」なのですが、球体の内面に鏡を張り付けて、その中心に入って電球を灯すと、どうなるのでしょうか。これ、私も幼い頃に考えたことがあるのですが、未だに実験したことがありません。どなたか、結果を教えて下さい。


孤島の鬼
江戸川乱歩 創元推理文庫

 もうひとつ、江戸川乱歩です。この人の作品は、ページを開いたとたんに、ふわっとオーラに包まれ、その世界に引きずり込まれる、強力な魅力があります。この雰囲気を味わうのが、読書のたまらない魅力です。この作品は、特にそのオーラが強い。


倒錯のロンド
折原一 講談社文庫

 叙述ミステリーの代表作。ついつい先へ先へと読みたくなる魅力を持っています。読書ならではのお楽しみがつまっている感じです。


異人たちの館
折原一 講談社文庫

 これも叙述ミステリーの傑作。
 先に読み進むほど謎が増えていくにもかかわらず、最後に見事にまとめるその手腕に、うまいなあと素直に感動しました。


十角館の殺人
綾辻行人 講談社文庫

 綾辻氏のデビュー作です。この作品をきっかけに、これまで沈滞しがちだった、日本の本格ミステリーが再び開花したとのことです。連続殺人、謎の館、密室、ミステリー談義と、本格推理小説の要素をふんだんに盛り込んでいます。
 私は見事にやられました。でも、よくぞ騙してくれたと、喝采を送りたい気持ちでした。これこそミステリーの快感です。


時計館の殺人
綾辻行人 講談社文庫

 前代未聞のトリック。館シリーズへの執念がついにここまできたかという感じです。


黒猫館の殺人
綾辻行人 講談社文庫

 この人はよくもまあ、これだけ人をだまくらかすことを考えつくと思います。
 記憶喪失に陥った人が書いた手記の体裁をとっているため、その内容が書き手のフィクションだと思われると興味をそぐという欠点はありますが。その点は疑わず、手記そのものには嘘がないという前提で読まれたほうが楽しめますよ。
 さて、北海道の阿寒に建つ洋館を訪れた一行を待ちうける真実とは?!


霧越亭殺人事件
綾辻行人 角川文庫

 トリックのアイデアそのものよりも、文章の巧みさに感心しました。新奇なものより、時を止めてしまいたいという登場人物の台詞に、著者の古典ミステリーへ傾倒する姿勢がうかがえます。


破戒裁判
高木彬光 光文社文庫

 法廷ミステリーの傑作。最初から最後まで、法廷の中でのやり取りでストーリーが進行しますが、その巧みな展開には、思わずうなってしまいました。


百舌の叫ぶ夜
逢坂 剛  集英社文庫

 暗殺者百舌(もず)と警察をめぐっての、よく練られたサスペンスです。
 最後まで、ぐいぐいとひっぱていく魅力を持った作品です。







イマジネーション豊かなSFを堪能したいときに

銀河帝国の興亡
アイザック・アシモフ 創元SF文庫(全3巻)
 人類の未来を予測し、危機を回避しようとする歴史心理学者の策とは。その壮大な構想には、圧倒されます。

竜の卵
ロバート・L・フォワード ハヤカワSF文庫
 中性子星での生物という発想からして、すでに素晴らしいSFです。人類との出会いは可能か?
 とにかく面白く、お薦めです。

夏への扉
ロバート・A・ハインライン ハヤカワSF文庫
 タイムマシンをモチーフにした、抒情的なSFです。終わり方がとてもいい雰囲気です。夏のひとときに、一服の清涼剤になるかな。

地球幼年期の終わり
アーサー・C・クラーク 創元SF文庫
 地球人と異星人との出会い。それは、SFの大きなテーマのひとつですが、この作品は、その古典的代表作です。地球に降り立った、高度な文明を持った異星人。その姿は、そして、その真意は・・・

星を継ぐもの
ジェームズ・P・ホーガン 創元SF文庫
 これぞSF、まさにSF。文字通りの”サイエンス・フィクション”です。緻密な科学的記述が、知的興奮を与えてくれます。
 月面で見つかった宇宙人の死体。人類との繋がりはいかなるものか。
 続編として、「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」。しかし、何と言ってもこの第1作は密度が濃い名作です。

未来の二つの顔
ジェームズ・P・ホーガン 創元SF文庫
 人工知能をテーマにしたSFです。前半は、研究をめぐるお話、後半は、実際に宇宙で実験をするという展開です。読後感が、とても良かった作品です。

ミクロの決死圏
アイザック・アシモフ ハヤカワSF文庫
 これは、映画の小説化です。子供の頃、この映画をみて異様に興奮した覚えがあります。人の体の中は、こんなにもきれいなんだ!と。NHKスペシャル人体でも、この小宇宙の神秘をよく描いていましたが、この映画は、コンピュータ・グラフィックに頼らず、実写で見事に人体内部を表現していました。この人体の美しさ、美術をシュールレアリズムの巨匠ダリが担当していたんですね。
 ある要人の脳を内部から治すために、スタッフは潜水艇ごと血管にはいるほどの大きさに縮められます。ある程度縮んだところで、巨大な注射器に入れられ、さらに縮小されます。その注射器によって腕の血管から体内に入り、内部からの治療を試みようとします。ところが、トラブルが続出し・・と、サスペンス仕立てで、これぞまさしくSF娯楽大作です。なんか、映画のコーナーで話したほうがよかったですか。でも、ノベライゼーションもアシモフの手にかかると、生き生きとしています。

ダブル・スター
R・A・ハインライン 創元SF文庫
 昔の作品の翻訳では、その方がよくうけるためか、タイトルによく「銀河」とか、「帝国」といった言葉がつけられました。この本も、前は「太陽系帝国の危機」というタイトルでした。タイトルから受けるスペース・オペラのような印象とは違い、感動的な話です。SFというより、宇宙を舞台にした人間ドラマといった内容です。これも、ラストが印象的な作品です。

ソラリスの陽のもとに
スタニスワフ・レム ハヤカワSF文庫
 SFは、イマジネーションの豊かさが魅力の源ですが、「地球外生命」についてのイマジネーションが、これほど豊かに発揮された作品は数少ないでしょう。その生命体のイメージについては、ただただ感嘆します。
 ロシアのSF映画「惑星ソラリス」の原作です。監督タルコフスキー。水のたゆたうような映像が不思議な作品世界をつくっていました。





偉大なものにふれたいときに

夜と霧
フランクル みすず書房
 ナチスの手によって、アウシュビッツの強制収容所に送られた筆者が、極限状況にもかかわらず、心理学者としての視点で収容所内部の人々を描いた手記です。
 人間の尊厳とはなにかを、死と隣り合わせの中で、静かに語りかけています。  高校生の時に読んだ本ですが、いまだにその感動は薄れていません。

坂の上の雲
司馬遼太郎 文春文庫(全8冊)
 明治時代の日本人の気質を、日露戦争を中心に膨大な事例で描いています。この、無謀ともいえる戦いを通じて、いかに明治が高揚した、精神的に豊かな時代であったかを感じとることができます。読み終えた後には、真に偉大なものを見てきたような、圧倒的な感動を抱きました。
 司馬遼太郎は、正岡子規が好きであると書いますが、氏の作品にも徹底した写実を通して描いていく手法に子規との共通点を感じました

菜の花の沖
司馬遼太郎 文春文庫(全6冊)
 江戸後期の大商人、高田屋嘉兵衛の波乱の生涯を実に多面的に浮かび上がらせた名作です。江戸期の商業経済、航海術、北方経営、ロシア外交史など、様々な話題が展開され、そのどれもが歴史を見る新しい視点を与えてくれました。
 高田屋嘉兵衛が船の上から見る風景の描写がたいへん美しく、透き通ったロマンを感じました。また、ロシア人士官リコルドとの国や立場を越えた交流も感動的です。豊に生きるとはどんなことが、考えさせてくれる作品です。

最後の将軍
司馬遼太郎 文春文庫
 幼い頃から将来を期待され、徳川十五代将軍となった徳川慶喜の生涯。
 頭の回転が速く、行動力に優れ、弁じれば他を圧倒した慶喜に、外国からの圧力、薩摩・長州を中心とした倒幕の機運の高まりなど、様々な課題が突きつけられます。知謀の限りを尽くしてことにあたる慶喜ですが、その稀代の才能をもってしても、沸騰した時代を鎮めることはできず、自ら徳川幕府を葬らざるを得なくなります。
 貴人として育てられ、怜悧に判断を下していく慶喜。その鍛え上げられた人格が、時折、情のゆらぎを見せる描写には、激流中の岩に咲く花のような鮮やかさがあります。
 1998年のNHK大河ドラマの原作に決定しましたが、この作品を見せていく脚本を作るのは、たいへんな力量がいるのでは。幕末の政治の話が中心ですから、複雑な上に理屈が多く、どうやって映像にするのでしょうか。1990年に放映された「翔ぶが如く」も同じく司馬遼太郎原作の幕末物で、西郷隆盛と大久保利通の友情と政争を小山内美江子が引き締まった脚本でじっくりとみせてくれました。あの時のように、最後まで緊張感を失わないドラマにぜひともして欲しいと願っています。

世に棲む日日
司馬遼太郎 文春文庫(全4冊)
 長州藩は最も激しい運命にさらされた藩でしょう。毛利元就によって中国を平定したものの、その孫、輝元が関ヶ原の戦いで豊臣方についたため、徳川によって領土を今の山口県にあたる周防・長門の二国に減封されてしまういきさつからして、他の藩より内に秘めたエネルギーは大きかったといえます。
 幕末においては、一時巧みな外交によって京都で権勢をふるったものの、その過激さゆえに幕府や薩摩藩から疎んじられ、京都から追い落とされた上に幕府を敵にまわして戦うことになります。さらに、攘夷運動がこうじて外国船を攻撃したため、英仏米蘭の四カ国艦隊からも戦争をしかけられ、藩は疲弊しました。そのような窮しきった情勢の中で、長州藩が幕府を倒す原動力となりえたのは、優れた人物を多数有していたからでしょう。
 「世に棲む日々」では、討幕革命思想の原点となった吉田松陰と、それを行動に移した高杉晋作を描いています。彼らの若き日々の行動は、苦悩と試行錯誤に満ちたものでしたが、司馬氏の語り口からは、はつらつとした青春としての映像が浮かんできます。そして、彼らの生き様は多くの人々に受け継がれ、維新達成のエネルギーにつながります。
 前半の吉田松陰の生涯も興味深いですが、後半の高杉晋作の話になり、他の人物も多く登場し、俄然ダイナミックに面白くなります。奔放でスケールの大きい高杉晋作の生き方に魅了されました。語り部としての司馬氏の見事さが最も遺憾なく発揮された作品かもしれません。
 松陰、晋作、対照的な人物を通して激動の時代を描いているのですが、読み終えて、なんともいえないしみじみとした情緒を感じました。格調高い名著ならではの読後感です。


司馬遼太郎 新潮文庫(全2冊)
 冷徹な時代分析をしながらも、魂は真の武士であり、長岡藩の前途に命をかけた河井継之助の生涯に感銘をうけました。お隣の新潟県から、三国峠を越えて江戸に向かった河井継之助が、風を切って高崎を通る様が見えるような感じがするほど、この人物が魅力的に描かれています。

播磨灘物語
司馬遼太郎 講談社文庫(全4冊)
 姫路城の城主であり、秀吉に仕えた軍師、黒田官兵衛の生涯。信長に対して謀反を起こした荒木村重に囚われ、入牢中に、智のいかばかりかを悟るくだりに、感動しました。
 秀吉の高松城の水攻めも前から興味があったので、詳述してあったその土木技術を用いた戦法が大変印象に残りました。天下を狙えるほどの力を持ちながら、主への献身を捨てずに生きた様は、良き生きかたの見本かもしれません。

花神
司馬遼太郎 新潮文庫(全3冊)
 佐幕、尊王攘夷と、思想対立の激化する幕末にあって、「技術」を広めることに一生を尽くし、倒幕軍の総指令官となり、希代の戦略家として活躍した大村益次郎。その愚直な生き様に、感銘を覚えました。
 宇和島藩で蒸気船を作ることを命じられ、一介の傘張り職人がその機構のモデルを自ら作りあげたのを見て、「このような人が重く用いられなければ日本はおかしい」と考える描写にとても感動しました。現代日本は技術大国になり、科学者の身分は保証されていますが、それはここ百数十年のことに過ぎないのですね。

海の祭礼
吉村昭 文春文庫
 江戸末期に北海道の利尻島に上陸したラナルド・マクドナルドの話から、長崎で彼に英語を教わる森山栄之助に話がうつり、ペリー来航、日本開国へと展開してゆきます。淡々と史実を連ねてゆく筋運びも、司馬遼太郎とはまた違った味があります。




様々な世界を見たいときに

ワインを聴く
伊藤眞人 学習研究社
 ワインは雰囲気で飲むもの。きれいに盛られた料理を前に、よき音楽を聴きながらワイングラスを傾けるひとときは至福の時間。
 「ワインを聴く」は、雰囲気を大切にした本。紙の色、インクの色にまで気をくばり、ワイン・テースティングの奥義を静かに語っています。図やイラストも多く、目で味わい、紙面から立ち上がる上質の香りで楽しむことができます。クラレットの赤をページの端にうつしながら召し上がられてはいかが。

チャイコフスキー・コンクール
中村紘子 中公文庫
 モスクワで開催される権威ある音楽コンクール、チャイコフスキー・コンクール。その審査員を勤めたピアニスト中村紘子が、その舞台裏と、ピアニストの悲喜劇を、感性きらめく文章で描きます。
 私はピアノが弾けませんが、とても興味深く読めました。ピアノを習った方なら、かなり面白く読めるのでは。それにしても、クラシックって、いろいろな楽しみ方があって一生飽きまへんなあ。

美味礼賛
海老沢泰久 文春文庫
 本格的なフランス料理を日本に紹介した辻静雄の生涯を綴った小説。たまたま職場にころがっていた本を持ってきて読んだのですが、極めておもしろかった。料理の世界の深さをこれほど良く伝えてくれる本は稀ではないでしょうか。平明な文体ですが、内容は深く、お手本にしたい文章です。特に、最初の第1章から引き込まれ、最後まで読んでからもう一度第1章を読むと、更に味わいがありました。辻静雄は、いい人生を送った人だと心底思いました。

映画を見ると得をする
池波正太郎 新潮文庫
 時代劇を多作する池波氏が、歯切れ良く映画について語っています。
 その洒脱な語り口ゆえに、一読、すぐに映画館に行きたくなります。

免疫の意味論
多田富雄 青土社
 免疫とは、体の中に入った菌などを、自分と違うものと見なして攻撃し、無害なものにする生体の作用だよ。と、私が学生の頃に教えられたような気がします。でも、自分とそうでない物って、どうやって見分けるんでしょう。
 隣の人が持っている鞄が、黒で形も同じで、間違えてしまうということがありますよね。でも、これが細胞だと、まちがえちゃった、ガハハではすまない。バイ菌だと思って攻撃したら、自分の細胞だった、で、その間違いに気づかず、ずっと攻撃し続けたら……
 自己と非自己を見分ける作用、「免疫」は、アレルギー、臓器移植、エイズ、癌といった、現在の生命科学の大問題に、根本的な関わりをもっています。またそれにとどまらず、他を拒否しがちな現代社会とも無関係ではないようです。この本は、「免疫」という最先端の生命科学を、各章ごとに興味ある切り口で語っています。それは自然に自己という哲学の命題にふれることにもなるのです。

フェルマーの大定理が解けた!
足立恒雄 ブルーバックス
 数学界で、長らく解けなかった問題「フェルマーの大定理」を証明する道筋を大まかに説明しています。 細かい証明にこだわらず、概略だけ述べて本質をよく示してくれるので、たいへんわかりやすい。数学を教えるための良い手本となるでしょう。多くの数学の啓蒙書は、面白いところにいくまでに、細々説明が続き、途中で飽きてしまのですが、この本は枝葉をバッサリ切って本質を潔く見せていますので、数学の醍醐味が味わえます。興味が湧いたので、翌日の午前4時まで取り組みました。楕円曲線と数学史がフェルマーの大定理を軸に瓢々とした語り口で啓かれる様は、まさに目から鱗が落ちる思いでした。

宇宙からの帰還
立花隆 中公文庫
 宇宙飛行士の内的体験を取材したノン・フクションです。外から地球を見た人は、精神的にどう変化するのか、興味は尽きません。





勇気づけてほしいときに

渚にて
ネビル・シュート  創元SF文庫
 核戦争後の、生き残った人々の話です。SFというより、人間の営みが前面に出ている小説です。救いようがない状況なんですが、健気に生きられる人々の姿に、逆に励まされました。
 読んで20年近くたった今でも、時折この本のことを思い出します。


宮尾登美子 毎日新聞社
 新潟の酒造家、田之内家を舞台に、盲目になる運命の少女をめぐる物語です。
 主人公烈の一途な思いには、ほんとうに励まされます。

いまこの人が好きだ!
椎名誠 新潮文庫
 スポーツ選手、家具職人、食堂のご主人、酒造り一筋の人……様々な人との、共感にあふれたインタビュー。
 その人々の姿に、励まされます。

家栽の人
毛利甚八作 魚戸おさむ画 小学館
 コミックです。植物を愛する、家庭裁判所の桑田判事の人柄が、大きな慰めになります。
 背景が、どこかで見たことのある風景だと思ったら、実際、舞台となっている春河市は、高崎がモデルのようです。音楽センターから和田橋の付近、それに観音山がよく描かれています。やはり高崎市は緑あふれる良い町なのです。

手塚治虫物語
伴俊男+手塚プロダクション 朝日新聞社(全2冊)
 コミックです。手塚治虫の身近で仕事をしていた人が手掛けたものなので、幼少期からデビュー、そして、それぞれの作品制作の背景まで丁寧に描かれています。手塚漫画の魅力の源泉がよくわかり、たいへん興味深く読めました。ほんとに手塚治虫という人は、驚異的な仕事をこなした人ですね。虫プロが倒産してからも、「ブラック・ジャック」などの素晴らしい作品を次々産み出し、新境地を拓いて行く姿には、心底感動しました。

道は開ける
ディール・カーネギー 創元社
 「悩み」を分析し、豊富な具体例を通じてその克服法を語りかけてくれます。説得力のある文章です。





ホーム / /映画 /音楽 /雑文 /画像 /リンク