古典研究
キーワードで読む難経(その1)

澤田和一

難経』は、秦越人扁鵲(個人名ではなく、医療集団と思われる)が著したとさ
れる優れた鍼の専門書である。それ以前の『素問』『霊枢』が作られた時代、中国は
小国に分かれ医学も各地で異なっており、この2書には様々な学説が混在している様
子が窺える。 しかし、その後秦の始皇帝によって中国が統一されると、医学もまた統
合され、『難経』では一貫した臓腑経絡学説を認めることができる。『素問』『霊
枢』においては、「虚するものは補い、実するものは瀉す」という概念が示されたが、『難経』69難においては「その母を補う、その子を瀉す」という新しい概念が登
場した。このことは実に画期的であり、偉大な業績と言える。そこで、本講座では
『難経』の「母子」の概念について、深く研究していく。

1)「母子」について (漢和字典から)
「母」… 乳房をつけた女性を描いた象形文字 →ものを生み出す根源  
「子」… こどもが両手を広げた様子を描いた象形文字 →元となるものから生じたもの

2)難経における「母子」
 「母子」というキーワードを有する難は、次の5つである。 
 18難、53難、69難、75難、79難

(1)69難(母を補し、子を瀉す治療原則)
 素問・霊枢における「虚は補い、実は瀉す」という原則に、五行の相生法則を結合させた。
1.虚すればその母を補う。
2.実すればその子を瀉す。
3.本経の自病は本経を取る。

(2)18難(脈法における三部が臓腑に対応する)
 五行相生の法則により、両手の寸・関・尺を臓腑に配分する意味、すなわち金から
始まり循環往復しながら、互いに生み育てるという説明のなかに「母子」の概念が見られる。

(3)53難(疾病の伝変と予後)
 五行の相生相剋の規律によって、五臓疾病の予後の良し悪しについて説いており、相生の順序の伝変は予後が良いという説明のなかに「母子」の概念が見られる。

(4)79難
 本経における子母補瀉法を提示し、69難の`3`について選穴法などを補足している。

3)まとめ
病あるところの経を使わず、その母・子にあたる経を用いるという考え方は、当会が行っている他経治療(間接治療)の基礎となっている。したがって、「母子」という概念について深く追究してみる必要がある。次回は、「虚実」「補瀉」の概念も含めて、さらに議題を展開していく。